□それが確かな愛だった
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 ラボにいつからだったか、花が置かれるようになった。

 無造作に、それでも決して雑草の類いではなく一輪の花。

 初めは誰がこんなもの、と首を捻ってから監視カメラを確認して更に目が点になる。


「……ギロロ先輩?」


 彼とは犬猿の仲と周りから称される間柄である。勿論、当人たちはそこまで険悪な仲ではないと思っているし、どちらかと言えば相談事や真面目な話をするには適任であるとさえお互いに評価しているくらいだ。

 まあ、時々意見の相違で揉めることはあるし、好みや性格、気が合わないのは確かだけれど。

 それなのに何故。彼が置いていった花を見る。彼が懸想するあの女への花か。いやそれなら何故ここに。
 クルルは残念ながら花には詳しくない。地球の花ならなおのこと。

 何かの暗号だろうかと勘繰るが、あの猪突猛進タイプのギロロがこんなまどろっこしい手を好むはずがない。

 クルルは少し考えたが結局答えが見つからなくて、取り敢えず花の名前くらい調べてやろうかとネットワークを広げた。


 ジャーマンアイリス。
 花言葉は『燃える思い』、『情熱』。

 ……なるほど分からん。


 花は決まって金曜日に贈られた。花は様々で、統一性は一切なかったが、花言葉はどれも恋愛を謳うものだった。
 花を贈り続けるギロロをそれとなく観察してみたが、特に変わった様子もない。

 さすがに1ヶ月。こんな奇怪な行動を取られては迷惑である。
 ラボには贈られた花が丁寧に生けてある。クルルの仕業ではない、たまたま見たモアがそれを頼んでもいないのに生けたのだ。
 季節感も何も無い、ぐちゃぐちゃな花を生けたところで見映えは最悪である。

 花を置かれるタイミングは毎度クルルが留守中。見張っていようとしても、四六時中同じ場所にいるわけにもいかない。

 今日は金曜日だ。あいにくとラボから出る用事がある。

 クルルは少し思考を巡らせて、浮かんだ一つの案を実行することにした。


「―――あー、ギロロ先輩?あんた今ヒマ?これからどうよ、俺とデートに行かねェ?」











 待ち合わせたテントの前には、仏頂面のギロロが仁王立ちしていた。

 通話した際に、何やら激しく物音がした気がしたのだが、あれは一体なんだったのだろう。
 とにかくクルルは、ギロロを連れ出すことにした。こうすれば花は置かれない。出掛けるついでに花の意味を問い質してやろう。

 そもそも1ヶ月以上、人に花を贈っておいて何も言ってこないとはどういうつもりだ。


「俺様の買い物と用事に付き合ってもらうからなァ。荷物持ち宜しく」

「………わかった」


 ギロロはしかめっ面のまま。
 聞き出すタイミングはどうしようかと考えながら、宇宙人街へと入った。

 そう言えばあの花はどこで仕入れたのだろう。今の季節、近所の地球の店舗で買うには難しい花があった。

 となると宇宙人街となるが、地球産のものをここ一帯で買うと相当な値段になる。安月給という訳ではないが、伍長、ましてやF級となると給料に余裕はないはずだ。
 確か仕送りをしていたはずだし、己の武器の調達もしていたからやはり地球の花となると買うにしたら相当痛手に違いない。

 それよりあの花は本当に自分に向けられた花だったのか。あれは実はモアにあげていたのでは?

 クルルが花を愛でるような性格でないことくらい、ギロロは知っている。嬉しそうに花を生けているのはモアだ。
 モアが喜ぶ顔が見たい、という理由なら納得がいく。花言葉もモアにならば正しい言葉選びだ。

 ……あれ、でもいつの間に夏美からモアにシフトチェンジしたんだ。

 二人が顔を会わせる機会はそうそうないような気がしたが、なにぶんクルルにはその辺は興味の対象外。
 モアがケロロへ懸想しているのはギロロも知っているハズだが、まったく彼はまた不毛な恋をしたらしい。
 夏美を諦めた理由は知らないが、ギロロが夏美を好きでなくなったとなると今後の侵略行為もスムーズになるだろうか。

 クルルがあれこれ考えているうちに、目的地に着いていた。
 稀少なパーツが揃う御用達の店。顔馴染みの店主が、ギロロの顔を見て不思議そうにするのを、クルルはただククッと笑うだけ。

 無駄話もなく、ただ商品の棚を見ている最中、ギロロはクルルの隣にじっと立ちながら店内を静かに見回した。

 ちなみに、『まるで彼は君の護衛のようだ』と会計時に店主がクルルにこっそり呟いたところ、クルルはまた声を出して笑ったのだが、それからさりげなく荷物を持ったギロロを見た店主が『厳つい執事だな』と一人呟いたので、クルルは更に笑いギロロだけは苦い顔をしていた。

 次なる店は模型屋であった。

 初めこそギロロはクルルの隣にいたのだが、ややあって天井に吊るされた飛行機や軍用ヘリ等に目を奪われ、それから軍艦、宇宙船、戦車へと目移りし、今や最終的に電車や汽車のコーナーの前でピタリと足を止めて目を爛々とさせている。

 クルルはギロロが列車なり汽車なり、そういったものが好きであることをなんとなく知っていたので、特に邪魔をすることもなく目当ての物を手に取った。
 限定品。残り一つ。宇宙ルートでしか今や出回っていないガンプラである。
 クルルにとってガンプラの価値がどうであろうと興味の対象ではないが、これを餌に動かす馬がいるのだ。
 いくらお小遣いだけではあきたらず軍の侵略予算にまで手を出してまでガンプラを買い集めるボンクラ隊長でも、このお宝は持っていないのをクルルは知っている。

 相当な値打ちのするガンプラ――とはいえ軍や日向家からの月給、加えて予算をちょろまかしてしまえば手に入る額ではあるのだが、クルルはそれを手に会計を済ませに歩き出した。
 不意に背後から聞き慣れた声に、出した足が変に止まる。


「おい、そんな高いものどうするつもりだ」


 声の主はやっぱりギロロである。クルルに抱えられるそれを見て、かなり顔をしかめた。


「軍の予算に手をつけるな」

「俺のポケットマネーよ、先輩」

「なっ、…そんな額をか」

「そうでーす」

「ケロロでもあるまいし、それをどうするつもりだ。ガンプラだぞ」

「その隊長にやるんだよ」

「……っ!?」

「ご褒美をぶら下げてやんねーと、あの人溜まってる宿題とか色々片付けねーダロ?」


 まったく困った隊長さんだこと、とわざとらしく肩を竦めたクルルの手から、スルリとガンプラが取り上げられた。もちろん犯人はギロロである。


「んあ?何、あんた買ってくれんの」

「買わない。…し、買わせない」

「ク?」

「……前々から思っていたが、貴様ケロロに甘過ぎるんじゃないのか。こんなもの買い与えなくても仕事くらいさせろ。ガキじゃないんだぞ」

「いやいやガキでしょあの人」

「………」


 確かにケロロという男は少し遊びや自分の趣味を優先するきらいがある。おまけに普段からはボンクラ隊長という評価も拭いようがない。

 それを子供っぽいと言えなくもないが、それでいてもやるべきことはやれるし、観察力もなかなか鋭い。そして悪知恵も働くのだ。

 おそらく手付かずの宿題は、甘やかしてくれるのを待ってなにもしてないということもある。

 彼は隊長だ。選ばれた隊長なのだ。なにもできない遊ぶだけの子供ではない。

 ガキじゃない、というギロロの言葉の意味はおそらくクルルも分かっているだろうに、クルルはそれでいてガキであると言うのだから、クルルはケロロに甘いとギロロは舌打ちした。


「良いから、これは戻せ」

「えー」

「…きょ、今日くらい、他の奴の事なんて考えるな」

「…は?」


 なんだそりゃ。

 真っ赤な顔を更に赤くするギロロは、ガンプラを棚に戻してからクルルの手を引いて店を出る。

 小さく、「今日はデートなんだろう」と聞こえた。




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