□すぱいしー
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 ぐうぅ、と情け無く腹の虫が鳴った。随分と作業に没頭していて忘れていたが、そういえばお昼を食い損ねていたことをクルルは思い出す。ふと、ギロロが前に、「差し入れだ」と言って持ってきてくれたカレーパンの味が恋しくなった。
 外はカリカリで、中はふわふわもちもちのパン生地に挟まれた、スパイスが程よく香るカレーが口の中に広がって心も腹も満たしてくれる。
 その素晴らしいカレーパンは、───実はどこで買った物なのか確認を怠ったため、(そして3つほどあったパンは一つを平らげた後にメカの暴走でおじゃんになった)あの時のカレーパンには未だ再会を果たせていない。

 思い出したら無性に食べたくなってきた。他のカレーパンでの代用は今や舌が受け付けない。あのカレーパンでなくては駄目なのだ。あの味をもう一度、今度はしっかり味わいながら。

 クルルは素早く作業を片付けると、いそいそとラボを後にした。
















「……カレーパン?」


 買ってきたギロロなら直ぐに分かるだろうその味、そのパン。今すぐに食べたいそのパンの所在を聞くためにクルルは──ガンプラを弄るケロロに問い掛けた。


「ギロロ先輩が俺に買ってきたヤツしらね?」
「いや知らねえであります。…ていうかギロロが?クルルに?なして??」
「頑張ってるから」
「我輩だって頑張ってるのに!ギロロから何か差し入れなんて貰った試しないであります!」


 あんたが頑張ってるのはガンプラの製作だろ、とは言わず、クルルはただククッと咽を鳴らした。
 そういえば確かにクルルもそれまで差し入れなど貰った事は無かったが、まあアレは本人直々に珍しく頼んできた案件だったからだろう。無理をしてるつもりは無かったが、凡人の彼には、己が急かされてせこせこ頑張っているように見えたのかもしれない。それ故の差し入れだった。


「ていうかカレーパンなら我輩に聞かないで本人に聞けば?」
「そーしたかったんだけど、この時間は趣味のパトロールのお時間なんスよねぇ」
「あー、そうなの?」


 そういえばそんな事言って出て行ったっけなぁ、なんて言いながら、ケロロは再び造りかけのガンプラに向き直る。恐らくこれ以上は話し掛けても上の空で意味が無いだろう。クルルは仕方が無いとゆるゆるケロロの部屋を後にして、ギロロのテントでギロロの帰りを待つことにした。











 テントに戻ったギロロは、それはそれは面白い顔をして数秒間固まった。
 お邪魔してます、とだけ片手を上げてクルルはテントに寝転がったままギロロを見て笑う。
 クルルはあれから一時間ほど待ったのだ。もう腹の虫は鳴りっぱなしで、お腹が空きすぎて具合が悪くなってきた。カレーパンを食わなきゃ一歩たりとも動けない。


「な、にしてるんだ?」
「カレーパン待ってた」
「は?カレーパン…?」
「……腹減った」


 ぐぅ、とまた情けない音。ギロロは呆れて何を言うべきかも分からず、溜息をついてクルルを見た。ややあってテントに入って、恐らく食料をため込んでいるのだろうコンテナを漁り始めると、乾パンを取り出す。


「カレーパンなんて無いぞ」


 ぐう。ギロロの言葉に、腹が鳴る。


「………食料を確保しておくのも軍人の勤めだろうが」


 ぐぅうう。


「…乾パンか、乾し肉…」


 ぐるきゅうぅぅ。


「……ええい鬱陶しい!やめんか!」
「カレーパン…」
「お前な……」


 くた、と動けないクルルを見るとギロロもどうも怒れない。カレーパンとは何の事だとクルルを見つめるが、情けない音しか返ってこない所を見るともはや話す気力もないのだろう。

 コンテナにはカレーパンはない。勿論パトロールの帰りにカレーパンを買う任務も無かったから当然持ってない。しかし目の前の後輩はカレーパンを所望する。


「…………待ってろ」


 がしがしと頭を乱暴に搔きながら、ギロロはテントを出る。直ぐにフライングボードの起動音がして瞬く間に遠く聞こえなくなったのを、クルルはぼんやり聞いていた。

 そうして再び腹を鳴らしながらおとなしく待っていると、ボードの音が近くなり直ぐに止まった。ばさり、とがさり、という音がテントをくぐる。


「これを食ったらさっさと戻れよ」


 目の前に無造作に落とされたのは、3袋のカレーパン。あの、カレーパンだった。


「…!」


 ゆっくり味わいながら食べる、という当初の目的は最初のひとつめでは達成する間もなく平らげてしまった。ふたつめも同じように。みっつめでようやく、カリ、という外側と、ふわ、というもちもちのパン生地にしあわせになった。じゅわ、と染み出す油、じんわり広がるかぐわしい香り、程よくとろけた具材がルーに溶けた、辛さもちょうど良いカレーが口に広がる。

 ああ、これだ、これ!まさしくこれだ!

 思わずとろけた表情をするクルルを見てギロロはつい苦笑をし、そんなにうまいのなら、と、自分用にひとつ買っていた同じカレーパンを無言でクルルの前に置いた。

 ありがたくギロロの分もたいらげると、クルルは満足げに溜息をついた。4つをあっという間に食べた幸福感がクルルの心をぐるぐると満たす。

 改めてそのカレーパンはどんな素晴らしいパン屋のパンなのだろうかと気になって袋を見て、クルルはキョトンとした。

 それはごくごく普通の、コンビニなどで売っているような量産品。なんてことの無い、特別なパン屋のパンでも無い、ただどこにでもあるパンだった。


「…マジかよ」
「今度はなんだ」
「美味かった」
「そうだろうな」
「それなのに量産品なんて納得いかねえ…」
「は?」


 だって本当に美味しかったのだ。クルルの心を満たすほど、こんなにも焦がれるほど美味しかったのに、それなのに、なんと量産品だったとは。


「…よく分からんが、腹が減っていたから美味かったんじゃないのか?」
「それもあるだろうけど、前に先輩が買ってくれた時と味の感じ方はたいして変わんねえよ」
「前に…?………ああ、そういえばそんな事もあったか」
「……こんなに美味いのには秘密でもあるのか…?」


 食べきってしまった手前、調べるというのは難しい。ジッと記載にある原材料を見ながら、特にこれといった秘密を見つけ出せずに頭を悩ませるクルルを、ギロロは意味が分からないという目で見つめる。


「美味いなら美味いで良いだろうが」
「前にパン屋のカレーパン食ったときより、量産品のパンの方が美味いから気になってんスよ」
「別に良いだろそんなこと」
「そりゃ先輩は腹に入れば何でも良いって頭してるだろうけど、こちとらそういう単細胞と違って成分とかいろいろ気にしてるんデス」
「…たんっ、さいぼう…!?」
「あ、いっけね口が滑った」
「食ったならさっさと出て行け!」
「クッ、そんな直ぐ動けねえっての」


 もっともらしい台詞を吐くが、そもそもクルルにはテントを出ようという意思はない。改めて成分表示を見つめ、袋の一枚をそっとしまうと満腹になった腹を休めるべく再びごろごろと寝転んだ。このまま放っておけば寝てしまうかもしれない。
 しかしギロロも口では言うものの本気で追い出す気は無いのか、溜息をついてクルルに背を向けて座ると雑誌と付箋を手にとってぱらぱらとめくりはじめた。

 その音が余計に眠気を誘う。

 このまま寝ても良いのだが、何だか少し勿体ないような気がしたクルルは、とりあえずギロロの側までころころと転がって、ベルトを軽く引っ張った。
 なんだ、という声は振り返りはしない。もう一度引っ張れば、首を向けてくれた。


「寝るなら布団を勝手に使え」
「んん…ん〜〜〜…」
「何なんだ。それくらいは自分でやれ」
「く…っくく〜…そーじゃなくて」
「なんだ」
「ひまじゃん。ちゅうしよ」
「……………」


 ぴく、とギロロの眉間にしわが寄る。

 暇だということに「勤務中だ」と咎めるか、クルルの誘いに乗ってやるかを考えて、数秒間。

 カレーパン味のちゅうもいいでしょ、とクルルは笑った。










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