□こどものおもちゃ
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 特定の誰かと、精神的にも肉体的にも関係を持ったとして。
 これはいわゆる恋人と言われるものだと思うのだが、さて、いかがだろう。

 ギロロとクルルは、つまりそういう関係を持っていた。
 表だって公表をしたわけではなく、むしろ墓まで持っていく秘密として隠している間柄だ。

 しかし気の緩みだろうか。それは、誰もいない会議室で二人きりになった時。
 何となく手が触れ合って、目が合って、自然な流れで口づけを交わしたまさにその瞬間だった。

 「あ」と、第三者の声を拾って離れるまでわずか一秒足らず。

 ギロロとクルルの視線は、宙に浮く黒いウサギ。否、ブラックスターと呼ばれるそいつ。

「…おう、邪魔したな」
「おい待て!?」

 流石に予想していなかったらしい現場を見て、ブラックスターは真顔だった。
 ここで邪魔するか何かトラブルを起こすか、と思案して基地を漂っていたところで、これだ。

 ええ?あの赤いのって、なんか地球人の女好きじゃなかったっけ?
 黄色いのって、そういう趣味なの?
 子供特有の「なんで?」が、ついつい口を出そうになるが、ブラックスターは飲み込んだ。
 そういうのはあのケロロの領分だろう。

 ギロロは真っ赤になって銃を向けているし、クルルはじっと様子を伺いながら後ろ手に何かを操作している。
 それを目でとらえたブラックスターは、静かに机上に足を下した。

「貴様、ここに何しに来た」

 真っ赤な顔でんなこと言っても迫力に欠けるぜ。さっきまですっごい甘い空気出してたじゃん、あんた。
 ブラックスターは口を開くことなくただそれを思うにとどめていたが、それからふと、ちょうど暇だしこいつらで遊ぶか、という考えが過る。

 ふん、と鼻で笑ったブラックスターに、ギロロの眉間にしわが増えた。

「なんだ」
「いや?こんな前線で恋人ごっこなんて、平和だなあと思って」
「……ッ!」
「クルル少佐も、こんな下っ端兵と仲良く遊びに興じてるなんてな。あんたはもう少し趣味がいいと思ってたよ」
「…くっく、生憎と今は曹長なんでな。お喋りが過ぎるぜ、うさぎちゃん」

 クルルの顔からいつもの笑みが消える。何か逆鱗に触れそうな、ぎりぎりのところを突いたようだ。
 ブラックスターはニイ、と口角を上げる。

「あんたらって、どういう関係?」

 ふわ、とブラックスターが動く。
 即座に反応したギロロが銃を向けクルルをかばおうとするが、ブラックスターの方が早い。

 一瞬で背後に回り込みクルルの手中からタブレットを叩き落としたブラックスターは、そのままクルルの腕を掴んで宙に浮く。

「クルル!」
「くは!しばらくそこで見てなよ、これから面白いもん見せてやるから」
「貴様ッ」

 ひゅ、とブラックスターが指を動かすと、ギロロの周りに突如現れた黒い棒状のものが突き刺さる。
 それが檻になりギロロを囲うと、クルルが一層暴れはじめた。

「ちっ、おい、何が目的だクソガキ!」
「口のきき方に気をつけろ」
「…ぅぐっ!?」
「クルル!!」

 がんッ!と叩きつけるように床に落とされたクルルが、呻く。
 ブラックスターはゆっくり降りて、クルルの頭を踏みつけた。
 目の前のその光景に目の色を変えたギロロが、ブラックスターめがけとうとう引き金を引いた。
 しかしブラックスターは笑みを絶やさない。
 ギロロの放つ攻撃をすべて小さなブラックホールで掻き消し、悔しげにゆがむギロロの目に愉快そうに笑った。

「あははははは!いい目だな。あんた、ほんとはそっちが本性か?」
「黙れ!クルルから離れろ!」
「次は気をつけろよ、大事な少佐を盾に当てちゃうから」
「……ッ貴様ァアア!」
「あはっ。よわっちいのに威勢だけはいい。こんな遊びに怠けて侵略も先に進まない」
「黙れ!!」
「なあ、クルル少佐をオレにちょうだいよ。そうしたら侵略だってスムーズにこなしてやるし、何より退屈させないぜ」
「ふざけるな!!!!!」
「ふざけてるのはどっちだよ。遊びで侵略ごっこしに来てんのか?」
「…ッ」
「…なあ、今、あんたの目の前でオレのものにしたら、あんたどんな顔すんの?」

 それは、心底楽しいと言っている顔だった。
 楽しくて楽しくて仕方がなくて、新しいおもちゃを手にした子供のような目をしている。

 踏みつけていた足をどけてクルルの顔を上げさせたブラックスターは、まるで今にも殺しにかかってきそうなクルルの目にすら楽しそうに口元を緩めた。

「クク、調子に乗るなよクソガキ。誰がテメーのものになるかよ」
「お前の意思は関係ないさ。あんただって得意だろう、記憶の操作くらい」
「テメエ…ッ」
「あはははっ、最初はどうする?ゆっくり壊していってもいいし、なんなら記憶を消しちまおうか?」

 でもまずはそのまま、抵抗したまま絶望にゆがむ顔が見たいなあ。
 なんの術を使われたのだろうか。クルルのからだはブラックスターと目を合わせた瞬間にぴたりと硬直してしまった。
 体を動かしたくても動かない、声も、出ない。

 ゆっくり近づく顔に、抵抗が出来ない。

 そして、影が重なろうとした瞬間だった。

「させるかあ!!」
「!?」

 それは大きな咆哮と、爆発だった。
 同時に警告音が鳴り響き、なんだなんだと小隊が駆けつける。

「えっちょ、何事でありますか!?」
「てゆーか、緊急事態!?」
「あーっ!あそこにいる真っ黒いのって!」
「ギロロ殿!クルル殿!無事でござるか!?」
「うげげっ、お前こんなところで何してるの!?」
「…ちっ」

 ブラックスターは、盛大な舌打ちをした。
 これからがいいところだったのに、と、途端に騒がしくなった空気に興が冷めたのかクルルから離れてふわりと浮かぶ。
 ようやっと体の自由が戻ってきはじめ倒れそうになったクルルを、黒こげになったギロロが支えた。

「…へえ、あの檻から出るためにわざわざ自爆するなんてよくやるよ。死にたいのか?馬鹿なのか?」
「俺は死なない」
「……ふうん。まあいいや。…おいケロロ!」
「ひえっ、な、なんだよお」
「次に会う時はせいぜい楽しませろよ!」
「何それ、意味ワカンナイ…」

 ふん!と鼻を鳴らして、即座に空へと消え去る黒い流星。
 その間に、ドロロが駆け寄ってギロロの傷の具合に顔を青ざめ、ようやく我に返ったクルルが迅速に指示を出す。

 その日はギロロが治療室に入れられ容体が安定するまで、辺りは騒然としていた。



:::



 ぴ、ぴ、と心電図の音が響くのは、医療室ではなくラボだった。
 定期的に点滴を取り換えては、浮かぶ額の汗をぬぐう。

 ギロロの目がゆっくり開いてクルルを捉えたのは、深夜2時を過ぎた辺りだ。

「…くるる」
「…ん、起きたか。痛みどめは効いてるかい?」
「……ああ」

 全身が大やけどだった。
 包帯の量がそのひどさを物語っていたが、ギロロは慣れた様子で起き上がる。
 クルルは椅子をギロロの傍に引っ張りながら盛大にため息を吐いた。

「…あのなあ、今回はちょっと無茶しすぎだぜ」
「説教は聞かんぞ。謝る気もない。俺は間違ったことをしたとは思っていないからな」
「死んでもおかしくなかったってのにか」
「俺は死なない」
「…俺に心配かけさせたのに謝らねえって?」
「そう、…っ……そ、れは、…すまん」

 怒っていて、それでいて泣きそうなクルルの顔にギロロはたじろぐ。
 謝らないぞという意思は、クルルのその顔を前にしては無力だった。

 腕を伸ばし、クルルを抱き寄せる。
 ブラックスターの言葉が、ギロロにとってもクルルにとっても、痛い。

 侵略しに来た土地での色恋沙汰。任務に支障が無いようにと心がけていたが、どこかでそれが緩んでいた。
 それがこのざまである。
 情けない。言い返す言葉なんてない。

 けれど、大事なものは守りきった。

「…クルル」
「……んー…?」
「お前、俺と居ることで足枷になってるんじゃないか?」
「…おいおい、天才に向かってそれはねえんじゃねえの?あり得ねーよ。んなこと聞くな」
「ならいい」

 ほ、っとしたような声色で、ギロロはクルルを抱きしめる力を強くした。
 それに、そろりとクルルのしなやかな腕がギロロの背中に回る。

「…あんたは遊びだった?」
「ぶっ飛ばすぞ貴様」
「くく、ジョーダンだよ」
「侵略もお前も、俺は本気だ」
「クふ、恥ずかしいなその台詞」
「茶化すな馬鹿者。…俺はお前を手放す気はないからな」
「奇遇だな、俺もそんな気さらさらねーよ」

 ギロロの手のひらがクルルの後頭部を優しく撫でて、それから支えるようにして唇を重ねる。
 重なるだけの、それでも長いキスだ。

 ゆっくりと離れて、また抱きしめあう。



 なんだ、つまらない。壊れて崩れてしまえばよかったのに。
 黒い星の幼げな呟きは、闇夜にまぎれて静かにとけた。





fin

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