□ネコは言う
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 それはネコと遊ぶギロロを、なんとなしに眺めていた時だ。

 えらいぞ、とか、よくやった、とか、どうにもこの生き物に対してはだいぶ甘いようで、ギロロは事あるごとによく褒める。
 彼の下に付く部下はこうして褒められることが、果たしてあったのだろうか。
 さりげなく過去の戦歴と所属部隊を指一本で検索すれば、彼のもとにいた部下は圧倒的に女性が多くてクルルは思わず舌打ちを漏らしそうになる。

 なんだかんだすみにおけねえな、とか、これはあんたの趣味か?とか、言いたくなったが喧嘩の火種になりそうだなとそっとタブレットの電源を落とした。

 それはさておき、自他ともに厳しい一面を持ち合わせる戦場の赤い悪魔は、ネコと居る時にはその顔を潜める。
 なかなか笑わない彼が、唯一頻繁に笑顔を見せるのもこの時だ。

 クルルはごろりと仰向けになって、テントの真上をぼんやりと眺める。

 俺にだってもう少し笑って、もう少し褒めてくれてもいいと思うんだけどなあ。
 思いはするが口に出したところで、それをギロロが素直に実行するとは思えない。

 別にまったく笑わないわけでも、褒めてくれないわけではない。
 けれどその回数が、ネコより少ないというのがクルルにとっては面白くなかった。
 おかげで不意打ちを食らったときに、うまく対処できなくて困る。

 そうしてぼーっとしていたクルルの腹に、無遠慮に圧が加わった。

「ぐえっ」
「にゃあん」

 ネコという生き物は、慣れてくると途端に遠慮がなくなる生き物である。
 構って攻撃はもちろんだが、移動するときの進行方向に人がいても迂回することなく、その人の上を平気で歩いていくのだ。
 まさにクルルの上をネコがむつむつと歩いて行って、クルルはその圧によって僅かな痛みと圧迫感に呻いたところである。

 恨めしそうに睨んでも、ネコはするりとテントから尻尾を揺らして去っていく。
 ギロロはおかしそうに声を殺しながら笑っていて、むかついたのでその背を軽く拳で叩いた。

「はは、大丈夫か」
「わざと歩いてったなあいつ」
「ネコも随分とお前に慣れたな」
「ソーデスネ」

 別に嬉しくねーけど、と吐き捨てるクルルだが、存外小さな生き物が好きなことも、ネコに慣れてもらえたことを嬉しいと思っているのを、ギロロはなんとなく気付いている。
 素直じゃないなと思いながら、仰向けでネコが出て行ったテントの出入り口を眺めたままのクルルの腹を、そっと撫でた。
 ビクついた身体と共にすぐに視線はギロロの方に向けられて、なに、と視線が訴える。

「ネコはしばらく戻ってこないぞ」
「………ク」

 ギロロの言わんとしていることが分かって、どきりと大きく心臓がはねた。
 どきどきと早くなった鼓動によってじんわり顔が熱くなる。

 クルルの腹から、意図を持ってからだを這う手に体が反応している隙に、ギロロはいつの間にかクルルへ顔を寄せていた。
 うっすらと唇を開けて待てば、ギロロからそっとキスをされる。

 今日は会議も、作戦決行日でもなく、休暇日。

 久しぶりに時間を持て余したクルルが珍しくギロロのテントを訪れて、有意義に時間を過ごしに来たわけだった。が、先約がいた。ネコである。
 だからネコとのやりとりが終わるまで辛抱強く待っていたクルルは、この展開を嫌だと突っぱねたりはしない。
 むしろ待っていた。ほったらかしにしていた分はきっちり甘やかせよ、と言わんばかりにキスをクルルから深めていく。

 積極的なクルルにギロロも気分を良くしたらしい。

 いつも以上に優しく触れてくる手、吸い付いてくる唇。
 どろどろに思考をとかされていきながら、クルルは甘く声を出した。
 耳元で愛おしげに名前を呼ばれてしまうのには弱い。
 お返しにと耳元で遠慮なく熱い吐息交じりに名前を呼んだりしてみるが、結果として快楽に喘ぐのはクルル自身だ。

 こういう時ばかり大人の余裕というのを見せてくるギロロに舌打ちするが、照れているのだと気付いているギロロは柔らかく笑うだけ。

 絡み合う熱に浮かされながら、ついにクルルは「すき」と口にする。
 「俺もだ」と、ギロロは返してキスをした。


 こうして愛をひとしきり交わした後、けだるげな体をタオルで拭ったりしながらだらだらと話す時間が、二人は好きだと思っている。

 今日はちょっと優しかったとか、体勢がどうだとかそんな会話をすることもあれば、その日の夕飯はどうするかだとか、ただひたすらトレーニングについてのメニューの意見を交わすこともあったりさまざまだ。
 寝転んだギロロにぺったりくっついて余韻に浸ることもまあ珍しい光景ではないが、とにかく今はそういう気分らしいクルルに甘えられて嬉しいのか、ギロロもまんざらではない顔で表情筋が緩い。

「クルル」
「…ん〜…」

 名前を呼んで、口づけた。
 合わせるだけの長めのキスを数回繰り返してはお互いにぎゅうぎゅう抱き合って、額を合わせながら笑い合う。

「俺のことまだ好きなんだなあ」
「お前こそ、まだ俺がいいんだな」
「やめられるもんならやめてーんだけど、気に入っちまったからなァ」
「……やめたいのか?」
「クふ、んな顔すんなよ。いじめたくなっちゃう」
「殴られたいのか貴様」
「ク〜ックック!」

 言葉の割にはそこまで怒っているわけではないギロロは、軽く小突く代わりにクルルの口を再び塞ぐ。
 今度は少し深めのキスで、長く一回。
 こうしたやり取りさえじゃれ合いの一環なので、二人とも特に気にした様子はない。

 しばらくくっついてそうしていたが、ややあってテントの出入り口がひらりと揺れる。

「ああ、ネコか」
「くっく、もうそんな時間か」

 なぁん、と鳴くネコはぐぐ、と伸びをしてクルルのところにやってくる。
 におい付けをしようとぐりぐり頭をこすりつけてくるネコに、「浮気しちゃった」とふざけてそう言えば、ギロロが呆れたような顔でクルルの額を小突いた。

「おいネコ、それは俺のだぞ」

 ついでに、意外なお言葉まで頂戴してクルルは一瞬目を見開いたあとにくっくと喉を鳴らした。

「ネコ相手に嫉妬した?」
「お前が変なことを言うからだ」
「くく。まあ安心しなよ、俺ってば今ギロロ先輩のにおいしかしないから」
「……中に出しておけばよかった」
「うわ、サイテー」

 くつくつ笑う二人の足元で、ネコはまるくなる。
 二人が起き上がって少し遅めの昼食の話をするのを、耳をパタパタと動かしながら何気なく聞きながら寝てるふりをした。


 ネコにはたくさん笑顔を見せるギロロだが、クルルにしか見せないギロロの顔がたくさんある。

 愛おしげに見つめたり、興奮して余裕が無かったり、クルルと二人きりの時にしか見せないような表情は、今のところクルルしか知らない。

 ネコは少し顔を上げて、小さく鳴いた。

 ギロロはあなたと話しているときの方が、よっぽど素敵な笑顔をしているわよ、と。









fin



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