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□キミの隣にいる日を夢見て願ってた
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季節はあれから二つほど変わり、冬へと変わった。
相変わらずクルルとは度々衝突してみたり、共に行動してみたりしているが、少しずつ距離が縮まったように感じる。
素直にクルルに頼みごとをしたり、クルルが作ったカレーを食べたり、気付くと二人で居る時間が日に日に増していた。
主に仕事の話をするが、その時間の中で小さなじゃれつきがあり俺はそれを楽しみにして会話をする。
クルルの方から来たり、無理に用事を作り俺の方からクルルを訪ねたりして、俺はこの小さなしあわせに胸を弾ませていた。
そんな時だった。クルルに本部からの通達が来たのは。
「…クルルが、見合い…?」
「らしいっすよ」
あっけらかんと、まるで他人事のようにクルルは全員の前で言い放った。
ケロロは知っていらしくさして驚いた様子はなかったが、本部からの通達を見ながら溜め息をついてホワイトボードへと貼り付ける。
「単なるクルルの見合いってのなら別に良いんだけど…失敗すると侵略予算が大幅カットなんであります」
「クック、困ったねェ」
「困ったねーじゃねえっつの!クルルに我輩たちの未来までかかっちゃってんのヨ!?」
ケロロの言葉にくつくつ笑うクルルの声が、何故だか胸に刺さる。
クルルが見合い。
それもこれは、半ば強制的な婚姻関係を結ぶことになる。
いやな汗が出た。手が震える。
頭が真っ白だ。
「相手はケロン軍本部のお偉いさん…俺様に釣り合う令嬢だ。ククッ、利用すりゃいい金づるにもなるなコリャ」
「クルル殿、それはひどいでござる。相手を想って生涯添え遂げるのが夫の勤めでござる」
「クク、かったりー」
クルルは乗り気なのか、それとも有耶無耶にするだろうか。
ああ、そもそもこれは祝ってやるべき事なのか?
普通の幸せ、家庭を持ち、クルルが幸せそうに笑う。
俺はクルルの幸せを祈ったじゃないか。
俺が隣にいない方がクルルは笑える。
現に、クルルは満更でもない顔じゃないか。
「とにかく、クルルの見合いを成功させないとボーナスだって出ないであります!」
「それはいやですぅ!」
「何としてもクルルに協力をして成功させるであります!異論はないでありますな!」
「クック、俺様が先輩方差し置いて妻持ちになるかもってか?俺様についてこれるオンナだといいんだがなァ」
くつくつ笑うクルル。
その後会議は詳しい内容と作戦をケロロが決めたようだったが、内容が全く頭に入らないまま一時解散となる。
俺はどうも頭がぼんやりとしたまま動けず、ただその場に座っていた。
クルルが、クルルが見合い。
成功させなければ侵略に支障がでる。
成功させたらクルルは幸せになる。
……俺のこの想いは、無かったことにしなければならない。
「……いやだ」
クルルが誰かのものになる。
どうしても、そこが心に引っかかる。
もやもやとしたまま、クルルの見合い作戦が決行された。
俺はことごとく失敗し、ケロロに怒られる。
失敗したのはもちろんわざとではなかったが、どうしても心と体がついて行かず、失敗してしまう度にクルルの見合いが中断し有耶無耶のまま無かったことにならないかと思ってしまっていた。
だがそんな俺の思惑通りにはいかず、俺の失敗は影響がないようで見合いはトントン拍子に進む。
クルルと彼女はどうやら話が合うらしく、クルルは本当に楽しそうに笑っていた。
珍しくクルルから話し掛けているようで、クルルの嫌味も少ないまま会話は弾む。
いつの間にか二人は庭園を散歩していて、クルルが彼女を誘導していた。
手を取るクルルに、思わず奥歯を噛みしめる。
「悔しいけど、絵になるですぅ」
隣でタママが言った言葉に、心が重くなった。
もともとクルルは人の扱いには長けているようで、彼女を退屈させることもなければリードさえしっかりしていた。
普段からは想像がつかないくらいに、それは紳士として経ち振る舞っていた。
相手は綺麗な女性だった。
身分はもちろん、クルルと張り合っていけるほどの能力と知識もある。
……悔しい。
俺はクルルと衝突してばかりだ、知識もなければ身分も違う。
クルルとの思い出が駆け巡るが、その中にクルルを笑顔にしてやれた記憶が一つもない。
泣きたくなった。やはり俺は隣にいるべきではないのだと、見せつけられているようで。
好きだなんて、言えるはずもない。
二人はいい雰囲気だった。
庭園から戻って来ると、二人は心を通わせた恋人のようで、見ていられず目を反らす。
心臓が煩い。
いよいよ二人がこの見合いに終止符を打とうとしていた。
用意された用紙にサインをすれば、婚約成立。
女性はクルルの方を見て、静かに笑う。
「……クック、婚約こんにゃく…」
クルルがペンを取る。
叫びたかった。グッと堪え、ただクルルを見つめた。
――――ビリ、と破ける音。
クルルは紙を破き、くつくつと笑った。
周りが驚きクルルを見つめる中、彼女だけはただ笑っていた。
「ちょっ、クルル!?」
ケロロが咄嗟に叫ぶ。
ビリビリに破かれた用紙は舞い落ち、クルルはペンも投げた。
「見合いは終いだぜェ。ククッ」
「な、ど、どゆこと…」
「クーックック、残念だが婚約はしねーよ?相手も了承済み、むしろこんなの最初からお断りだぜェ」
頭がついていかない。ただ、安心している自分がいる。
「本部にゃ話つけてくれるってよ。さ、帰るぜェ」
帰る。クルルが、俺たちと。
茶番だったわけだ、振り回されただけだった。
ケロロたちは文句をさんざん言っていたが、俺は心底嬉しかった。
「クルル」
「んあ?」
咄嗟に呼び止めてしまった。
手を伸ばし抱き締めたくなるのを押さえ、ただ頭を乱暴に撫でる。
「…ばかもん」
「ク……」
「行くぞ」
良かった、本当に。
そりゃあいつかは、クルルを諦めなければならない。
分かっているんだ。だが、今はまだ気持ちに整理がつかない。
諦められるほど大人ではないんだ、まだ。
「ギロロ先輩」
クルルが俺を呼び止める。
振り返るとクルルはやけに真面目な顔をしていた。
「…クルル?」
「なあ、何で破棄したか分かるかい」
「……は?」
「俺は家庭持つなんて微塵も思っちゃいねェ。ましてや誰かに決められるなんぞまっぴらごめんだ」
「……クルル?」
「俺は、好きな人くらい自分で決める」
「………」
そう強く言った後、クルルは顔を伏せて黙り込む。
何と声をかけていいのか分からず見つめていたら、ゆっくりクルルが口を開いた。
「……………こんな俺でも、居るんだ。好きな奴」
「…なっ」
「……クク、なに言ってんだろうな、俺……あんたに言っても、しょうがねぇのに」
「クルル」
好きな奴が居る?
クルルに?
…なんだ、それは、俺はもう。
「……そ、うか…」
「…ああ」
「…それは……その、俺には、関係無い話…だな」
「………そっスね」
遠くでケロロ達の呼ぶ声がした。
逃げるように、走る。
「――――…クソッ」
ああまだ、まだ、俺は気持ちに整理が出来ない。