□キミ想う花を
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 翌日の会議に、クルルは欠席をした。
 体調が悪いらしいとケロロが言っていたのを、ただ何となくぼんやり聞いていたが、おそらく俺を避けているんじゃないかと思う。そう思うと何だか少しだけ不愉快だ。昨日みたいに好意を露にされても困るが、これはこれで腹が立つ。

 かと言って俺を避けるなと言うのもまた違う気がするのだ。いつも通りにしろと言いたいが、奴は今クスリのせいとはいえ正常な精神状態でない訳で、俺を好きでいる奴にいつも通りになどと言ったら何がどうなるのかがわからない。
 あいつの恋愛など想像もつかないくらいだ、そもそも似合わないと思う。


 そんなこんなで会議が終わって、庭でいつも通り銃の整備を始めた。会議中はクルルが気になってちっとも頭に入らなかった、最悪だ。
 こういう時は武器を磨くに限る。

 一つ目が終わり、二つ目に差し掛かろうとしたとき、視界の端に揺れる気配を感じた。


「…………クルル」

「ク」


 返事のように短く放たれた音は、先ほどまで苛立たせていた張本人。
 体調が悪いなどと言っていたくせに、けろっとした様子で日向家の窓際に座り込み此方を見ていた。


「貴様、会議をほったらかしにして今まで何をしていた」

「聞いてねーのかい、体調悪かったって」

「ぴんぴんしとるじゃないか!」

「今は、な。…アンタが居るから」


 ぼそぼそと呟いたそれはかろうじて聞き取れた。だが意味が分からず無視をして今日の報告書をクルルに投げる。


「今日の議題のまとめだ。そのうちケロロから依頼が行く」

「まとめって、ほとんど真っ白じゃねーか。なに話し合ってたんだよ。くだらねぇ発明は却下だぜェ」

「…いや、くだらなくはなかった…と思う。よく覚えてないが、あとはケロロに聞け」

「ク?…珍しいっスね、先輩が会議中に上の空なんて」


 クルルに不思議そうにされ、ギクリとした。
 まさかお前を考えていたなどと、口が裂けても言えるわけがない。

 なんとか誤魔化そうにも、いい切り返しが浮かばなかった。


「……俺にもそういう日くらいある」

「……あーまあ、そっスね。…じゃあ今回の作戦は、夏美絡みってやつか」


 一瞬、クルルの表情が曇ったような気がした。
 ぼそぼそとまた小さな声で呟いたものだから少し聞き取るのに苦労した言葉は、先ほどより弱々しい印象の音。

 クルルは報告書をしまうと、少しまた顔をしかめた――かと思うと、急に胸を抑えてうずくまり、嗚咽を始める。


「くっ、クルル!?どうした!!」

「うっ、え…っ」


 嗚咽のあとにえずき、嘔吐をするクルル。
 体調が悪いと言うのは本当だったらしい、その様子に慌てて駆け寄ると、クルルが吐き出したものに再び驚いた。


「…クルル?」


 花だ。紅い、地球の薔薇のような花。
 胃液や唾液に混じるそれは、間違いなく。


「お、おいっ、大丈夫かっ!?貴様、何を食ったんだ!?」

「……っ」


 涙をぼろぼろと、こんなに苦しそうなクルルは初めて見た。
 慌てて水を汲み桶と共に差し出すと、クルルはゆっくり口をゆすぎ吐き出す。

 背中をさすって肩を支えて、何度か口をゆすいだ後、クルルはふっと力を抜いて俺に体重を預けながら息を整え始めた。


「…落ち着いた、か?」

「………ん」

「……すまん、本当に体調が悪かったんだな。それにしてもなんだこの花は?貴様、変なものでも食べたのか?それとも薬の副作用か?」

「……違うっスよ…」


 弱々しい声。今にも崩れてしまいそうな、破棄のない声だ。
 なんだか少し怖くて、つい強めの口調で誤魔化した。


「じゃあなんだ」

「………たぶん、一生治らない…地球の奇病ってやつだな…」

「…奇病?治らないだと!?」

「…ああ、一生…って言っても、この奇病は、かかったら長くはもたねェ………地球侵略する前にくたばるかもなァ…」

「なっ…何をふざけたこと…プルルに連絡しろ!」

「無理っスよ…あの看護長さんでも、ケロン星の医学でも。……ああ…でも…」

「でも?でも、なんだ」

「…………いや、無理だ…何でもねェよ…」


 力無く笑いながら、ほろりとクルルの目から涙が零れた。何だからしくない態度に、どうしていいか分からなくなる。


「…どうにもならんのか、本当に」

「無理。……ククッ、今の俺はあんたが好きだから言うけどよ。…………死ぬんなら、あんたの腕の中で死にてェな」

「なっ…」

「……なんて、な。冗談っスよ。…戯れ言だ、気にすんな」


 顔を俯けるクルルの表情は、見えなかった。
 それでも震えた肩は、強がりの証拠だろうか。今の戯れ言に、どう答えてやればいい。


「………死ぬな」


 口から出たのは、そんな言葉だった。
 クルルがゆっくり顔を上げて俺を見つめてくつくつ笑う。
 次いで出た言葉に、俺は思わず目を見開いた。


「俺より優秀な奴は居ねェが…性格がいい通信参謀くらい、直ぐに見つかる…侵略の心配はいらないっスよ」

「…そうじゃないだろうっ!?」

「っ!?」


 クルルの言葉に、思わずカッとなった。驚いたらしいクルルが、不思議そうに俺を見る。


「お前の代わりなんていない、お前がいて全員揃って俺たちはケロロ小隊なんだ。死ぬなんて許さんぞクルル」

「………」

「簡単に諦めるな。きっと助かる。俺も協力してやるから、そんならしくないことを言うんじゃない」

「………ギロロ先輩…」


 ぽたりと、またクルルが泣く。
 こんなクルルは見たくない。いつものクルルでないと落ち着かない。


「……先輩…なら、一つ…頼んでいいかい」

「なんだ」

「…、………っ…、………こうやって、時々でいいから…側にいてください」

「…それだけ、か?」

「…紅い、花だろ…赤い人の体温に触れてると…少し病状も治まるんスよ」

「そ、そうなのか?なら毎日…」

「毎日はいい。…あんた、毎日俺と居たら胃に穴開くぜェ…」

「いや、まあそうだが…しかしだな…」

「…病状が現れたり悪化するのは何もずっとじゃねェし、毎日ってこともねェからな…酷くなったときだけ呼びますから…そん時に俺のとこに来てくれりゃあいい…な?」

「……クルル」


 何だか、実感がわかない。本当にクルルは死んでしまうのか。何だかんだ言いながら、薬を作るんじゃないのか。
 それでもこの弱々しい様子も、らしくない涙も、震える肩も演技とは思えない。クルルが死ぬだなんて、そんなことがあっていいのか。


「…ケロロたちには、言ったのか?」

「……いや?下手に知られちゃ侵略どころじゃないだろうし、気を遣われるのは嫌いなんでね」

「………ならばお前に何かあったら俺を呼ぶようにとだけ言っておく、いいな」

「…ククッ」


 可笑しそうに、クルルは笑う。提案を受け入れるとのことだろう。

 クルルの手を取り脈を測り、呼吸の変化、熱がないかどうか、簡易的な確認をする。
 ……少し脈拍が速い。クルルに告げればなんでもないとのこと、取り敢えず正常のようだ。思わずホッと息を吐く。


「夜中に苦しまれても困るからな、予備の寝袋があるからそれをやる」

「……へーきっスよ。そこまでしてもらわなくても。てか今の俺、アンタが好きなんだって言ったじゃん。………こうやって側にいるだけでも、俺…」


 ほんのりと赤く染まるクルルの頬。困ったような顔だ。顔を反らされ、見られないようにする様子もらしくない。
 クルルの速い鼓動は俺に伝わる。手を握ると、昨日より少しだけ湿り気があって冷たかった。身体が強張り、俺を凝視するクルル。手を離し、クルルを横抱きにして持ち上げた。


「なっ」

「体調が悪いならとにかく休め。仕方無いからテントで寝ていろ、俺はここを片付けたら直ぐ戻る」

「……っ」


 真っ赤になるクルルの顔。この顔は本当に珍しい、今だけ見られるクルルの表情だ。いつも感情を顔に出さない奴だから、てっきり感情を表せないのかと思っていた。

 クルルをテントに寝せて、水や食料を確認したあとクルルの吐瀉物を片付ける。

 ……吐いたから胃が弱っているのかもしれない。俺の食料は胃に優しいものではないから日向家から少しだけ調達しよう。

 テントに戻るとクルルはすやすやと寝ていた。顔色はいつも通りだ。

 思えばこうして近くでまじまじとクルルを見たことがなかった気がする。表情も、俺が見ていなかっただけで本当はコロコロと変わっていたのかもしれない。長年共にいたのにあまりこいつを知らないなんて。

 やっと見れたその表情。それなのに、こいつが死ぬなんて。

 …そんなこと絶対、させてたまるか。







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