□キミ想う花を
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 クルルは日に日に衰弱していくようだった。食べ物もろくに口にしようとしない。それでも俺と居ると楽なのだとそう笑った。
 惚れ薬の効き目が切れてからは症状が軽減したらしいが、それでも弱りきっているのは目に見えている。さすがにケロロたちも気付いていて、ドロロには地球の奇病に効く薬を探しに出てもらったりもした。
 なるべく症状を軽くするため極力そばにいて、必要があるなら触れたりもする。その度にクルルは弱々しく笑って、すんませんね、と言った。

 明くる日、クルルに会いに行くと椅子に座りながらカタカタと忙しなく何かをしているようだった。慌てて駆け寄って手を制す。


「何をしてるんだ、休めと言っただろう」

「ちょっとくらいいいじゃねーか、作業してねーとなまっちまう。あんたらの兵器も、生きてるうちに造っとかねーと困るだろ?」

「バカなことを言うな!死なせないと言っただろう!?」

「……無理だって、死ぬんだよ」

「死なせない!」

「………………くっく、ギロロ先輩って、そんなに俺のこと好きでしたっけ?てっきり嫌われてるもんだと」

「仲間を簡単に死なせるか!」

「………それはどーも」


 らしくない。弱って、クルルが諦めたりなど。
 こういう時にどうしたらいいのかわからない。何をして、どう言ってやればいいのか。クルルは死にたいのか?何故。生きたいとは思わないのか。


「あ、先輩。そういえば惚れ薬の報酬やってなかったよな」

「は…?」

「これ。夏美が行きたがってた623の公開録音のチケット〜」

「なっ、おい」

「行ってきたら?二人で。地球人スーツは出しといてやったぜェ」

「いや、待て、クルル」

「薬のせいであんたの邪魔しちまったしな、行ってこいよ」

「だ、だがお前っ…流石に、それは」

「今日は調子良いしなァ…問題ねーよ」

「しかしな…クルル、今はよくても…」


 もし急に悪化したりしたらどうする。俺の不在中に倒れるなんてごめんだ。側にいたほうがいい。
 俺の考えなど跳ね除けるように、クルルはくつくつと笑った。


「夏美とデート、行ってこいよギロロ先輩。いつまでも俺といたら夏美とちっとも進展しませんぜ」

「なっ、よっ、余計なお世話だっ!…じゃなくてお前っ」

「いーから。俺なんか気にしなくていいっての。…ヤバくなったら呼ぶから」

「おい、クルル」

「約束しますよ。…行ってらっしゃい先輩」


 チケット二枚。無理やり握らせられ、半ば強制的に日向家玄関まで転送させられる。
 地球人スーツまで装着させられていた。


「……」


 胸がなんだか苦しい、クルルの好意はありがたいとは思うが状況が状況だ。やはり行かず側にいるべきだ。
 夏美と出掛けられる機会なんてめったにない。しかしそれを素直に喜んでいい場合でもない。ここのところクルルとしばらく共にいたから、クルルの側にいないことが落ち着かない。
 夏美に差し出せば喜んで受け取るだろう。友達と行くことを提案してやれば俺が行くこともない。
 クルルがせっかく用意してくれた礼だが、これはまたの機会に別の形で貰えばいい。今は一人浮かれてる場合じゃない。
 そんなことを思っていると、庭掃除をしていたらしい夏美が俺に声をかける。


「そんなところで何してるのよ、ギロロ?」

「あ、ああ…いや…」

「ん?何持ってるの…?…これって623さんの公開録音のチケットじゃない!なんであんたが」

「…たまたま手に入ったんでな。俺は暇がないからお前にやろう」


 夏美が受け取ったのを確認して、すぐに地下に戻る。
 ケロロの部屋を通過しラボに向かう道すがら。
 微かに聞こえた、えずく声。


「クルル!?」

「……っ!?」


 慌ててラボに飛び込めば、床に倒れる黄色いからだ。顔を上げるクルルの驚いた顔、床にある赤い花。


「なにが体調がいいだバカモノ!ほら見ろ言わんこっちゃない!」

「な、なんで……ッ」

「話はいい!大丈夫か!?」

「……なんで…」


 背中をさすりながら、クルルの体を支えた。クルルは困惑しながら涙目で花を吐く。苦しそうだ。

 落ち着いた様子のクルルに少し待つように伝え急いで水やタオルなんかを持ってくる。片付けやなにやらを終えてひと段落した頃にクルルを押入れの寝床に寝かせようとすると、クルルが弱々しく俺の頬を殴った。
 もちろん痛みなどない。ただ殴られる意味が分からず、ただクルルを睨みつけると不機嫌そうにクルルは口を開いた。


「……なんで、戻ってくるんだよ…」

「なに?…貴様、そこまで弱っていて何をふざけたことを」

「夏美とデートに行けばよかったじゃねーか。なんで俺に構うんだよほっとけばいいだろ。どうせ死ぬんだから」

「……ッ」


 カッと頭に血が上って、クルルを殴った。

 なんなんだコイツは、死にたいのか。俺たちが必死になってこいつを生かそうとしているのに、どうしてコイツは簡単に死のうとするんだ。

 言いたいことが怒りでうまくまとまらない。ただクルルを睨みつけて訴えるしかなかった。涙が出るのは何故だ。感情が抑えられない。


「…いってえな、なにすんだよ…何泣いてんすか、泣きてーのはこっちだってのに」

「……黙れ」

「…なんでそんな必死なんだよ…」

「黙れッ!」


 死なせるものか。仲間を。こんな弱りきって、らしくもないクルル。死にたいなどと言っても、俺はそんなこと許さない。


「…言ったはずだ、お前を死なせたりしない。必ず助ける。小隊みんながお前を生かそうと必死なんだ。ふざけたことを言うな…!」

「………」


 クルルがうつむく。少しだけ肩が震えているのが見えた。
 そっと肩に手を伸ばす。その手は弾かれることはなかったが、あまりにも細い肩に不安が胸に渦巻いた。


「……クルル」

「………死ぬんだよ」


 震える声。泣いているクルル。思わず抱きしめてしまったが、クルルは拒絶することなく俺の背に手を回した。


「……この病の名前、嘔吐中枢花被性疾患ってんだ。花吐き病とも言われてる」

「!な、なんだ、病名がわかったのか!?それなら…!」

「………でもな、これには特効薬がない」

「……な、に?」

「…あとは自分で調べな。俺はもう寝る」


 ゆっくりとクルルが離れ横になる。これ以上は話したくないと、向けられた背中で言われたような気がした。

 クルルの頭を撫でる。それでも聞きたいことはあった。


「……クルル。お前、死にたいと思ってるのか」

「………」

「…俺はお前が死ぬのは嫌だ」

「………」


 クルルが寝返りをうつ。俺を見て、また泣きながら。


「…んなわけ、ねーだろ…」

「クルル」

「でも、無理なんだ、死ぬんだ」

「大丈夫だ、俺がなんとかする」

「……無理だ…」

「きっと良くなる。諦めるな」

「………くっく…そっすね」


 弱々しく笑うクルルに、ドキリとする。誤魔化すようにクルルの手を握った。


「俺が、必ず助ける」


 死なせるものか、絶対に。



 

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