□キミ想う花を
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 花吐き病。クルルが言ったその病気を調べると、確かにそれは奇病のようで特効薬などはないようだった。

 片想いの相手と結ばれることで白銀の花を吐くと治る。

 そんなおとぎ話のような奇病を、クルルは患った。


 片想いの相手が、クルルには居る。
 だがその相手とは誰なのか見当もつかないし、クルル自身は諦めていることから既にふられているのか、望みが薄い相手なのか。

 …俺が治すだなんて意気込んでも、俺にはどうしようもない病。

 だからあんなふうに笑ったのか。死にたくないと言いながら、諦めて死を覚悟して泣いたのか。
 …俺はただ、クルルのそばにいることしか出来ないと、そういうことなのか。


「くそ…ッ」


 悔しい。俺は何もしてやれないなんて。
 クルルの想い人とやらはいったい誰なんだ。あんな、苦しい思いをしながら一途にクルルは想い続けて、それなのに報われないで死んでいくのか。
 …そんなことあってたまるか。死なせない。絶対に。何が何でも、きっと方法が他にあるはずだ。

 寝る間も惜しんで、奇病のことを調べ続けた。ドロロにも協力を仰いで、花吐き病について調べてもらうことにした。

 暇さえあれば慣れないパソコンを片手に。クルルの側にいながら、クルルの手を握りながら。


「……ギロロ先輩」

「なんだ」

「………死ぬときは、あんたの腕の中で死にたいって、最初に言ったよな」

「…馬鹿な事を言うな。絶対に死なせない」

「……その気持ちだけで、充分嬉しいっスよ。俺のためにここまでしてくれんの、すげーしあわせ」

「……クルル、俺はお前を死なせない」

「……さんきゅ」


 弱々しく笑うクルル。あのせせら笑いが懐かしく感じる。
 クルルの肩を抱き寄せて、もう一度死なせないと呟いた。

 あくる日にドロロがテントへとやってきた。少しだけ神妙な顔つきで、思わず俺も顔が強張る。


「…何かわかったのか」

「…わかった、というか…一つだけ疑問があって参ったでござる」

「疑問?」

「クルル殿が何故ギロロ殿と居ると症状が和らぐのか、という部分についてでござる」

「…それは、吐く花の色が赤色で、赤いものに触れてると楽になると…」

「そんなこと、調べてもどこにも記載がないでござるよ」

「……!」

「試しにクルル殿に赤くて温かいものを渡してみたでござるが、特に効果は見られなかった…ギロロ殿といると和らぐというのは、嘘なのではござらんか?」


 ドロロの言葉に、まさか、と口が形を取る。
 クルルが言うことは嘘?それなら俺がそばにいた理由はなんだ。全くの無意味だったのか。

 何のためにクルルは、そんな嘘をついたというんだ。


「……症状が和らぐというのがもし本当なら…あの病気が心と直結するものであるなら…答えは一つしかないよ、ギロロくん」

「…なに?」

「クルル君が好きなのは、キミだ。ギロロくんのことが好きだから、彼はそう言ったんだ」


 ――ギロロ先輩の腕の中で死にてェ

 不意に、クルルの言葉が浮かんだ。思わず、馬鹿な、と口にした。

 そんなことがあるのか。あいつは俺と仲が悪かったと言っても過言ではない、いや実際にあいつは俺を毛嫌いしていたはずだ。
 俺のことが好きだなどと、そんなことがありえるのか。


「…もちろん、僕の憶測だから真実かどうかはわからないよ。それでも、もしこれが真実だとしたら、クルルくんの命はキミにかかってる」

「……そ、んなこと…言われてもだな…」

「…そうだよね、ギロロくんは、クルルくんをそういうふうには見れないもんね」


 ――無理だよ、死ぬんだ

 ……だからあんな泣き顔で。
 俺が助けるなどと言って、クルルを傷つけていたのか。助かるわけがないと、あいつは。


「……俺は…クルルを、助けたいと思って…」

「うん」

「…それなのに、俺は…あいつの気持ちなんてちっとも…」

「…ギロロくん、同情してクルルくんに好きだなんていうのはダメだ。今後キミの人生にも関わる。クルルくんだって、きっと分かってるよ。キミが嘘をついても、彼は喜ばない。傷つくだけだ」

「……」

「…拙者の話は、以上でござる。…苦しい選択だと思うけど、よく考えて」


 それだけ言うと、ドロロはあっという間にいなくなった。静寂が虚しい。

 ドロロの言葉が未だ頭を過る。クルルの泣き顔が、涙が。


「…同情…」


 俺がクルルを好きだと言うことで、クルルは助かるかもしれない。
 ただその言葉に、偽りがあればそれまでだ。クルルを深く傷つける。

 死にたくないと言ったクルルを、俺は自ら殺すのか。

 ……クルルが俺を想っているなんて、ちっとも気付きやしなかった。

 あんなに苦しい想いをしながら、頑なに死ぬのだと言い張っていたクルルは、どんな気持ちで。


「……俺は…」


 クルルが死ぬのは嫌だ。絶対に生かすと決めたんだ。俺の意思に迷いはない。だが好きかどうかと問われると、迷うのだ。

 嫌いじゃない。だが恋愛方面で考えて、真っ先に浮かぶのはやはり夏美なのだ。こうなると俺はクルルを救えない。

 だが、クルルをそういうふうに見れないのかというと、そうでもない。

 クルルに対して性欲を伴う愛情が、無いこともないのは事実だ。これは最近気付いたことで、クルルの肩を抱き締めたのも恐らくそういう感情が揺れ動いたからだ。
 これは庇護欲のせいかもしれないが、それだけで動いたにしてはおかしいのだ。

 まずこの病気のことを知って、クルルが誰かに想いを馳せていると知って少しだけ嫉妬した。苛立った。

 同情からくる感情だと言われればそうかもしれない、だがそうじゃないかもしれない。

 夏美かクルル、天秤にかけた時に、夏美に揺らぐ。俺のこの気持ちは夏美一筋のはずだ。

 …クルルがこの病気にかからなかったら、俺はクルルを気にかけることはなかった。それではやはり情が移ったのか。かわいそうだから心が揺れたのか。

 違うと言い切れないのが、果てしなく悔しい。




 

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