□七夕の願い事
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 目を開ければ、見慣れたテントの中だった。

 額に濡れた布を感じ、触ると冷たい感触がした。


「熱中症」


 すぐ側にいた声にどきりと心臓が跳ねる。そろりと視線を動かせば、黄色。


「飲みな、あとこれ」

「…クルル」

「ん?」


 告白された、というあれは、夢か、現実か。
 確認するのが怖くて、ただクルルを見つめた。クルルは何も言わない。


「…クク、熱っぽく見つめんなよ。何がほしいわけ?」

「………」

「おいおい、頭やられちまってんのか?」

「………………クルル」


 先を越された。知らぬ誰かに。手遅れかもしれない。

 ギロロはぐるぐると考えた。泣きそうだなとも思った。こんなに好きだったのかと、もっと早くに気付ければと後悔もした。

 手を伸ばして、クルルの手を握る。冷たい手は、タオルを冷やすために浸けた氷水のせいだろうか。この優しい手は、今は自分のものだろうか。


「先輩…?」

「………好きだ」

「…ク?」

「クルルが、……好きだ」


 言わずに終わったままでも良かったかもしれない。この距離感を守るために黙っているべきだったかもしれない。

 しかし口に出したそれはもう取り消せないのだ。ギロロは起き上がりクルルの手をぎゅっと握って、どうせふられるならばとその身体を引き寄せた。

 ビクリと固まるクルルを抱き止め、抱き締める。


「何でお前なんだろうな。…散々悩んで考えたが、やっぱり答えは出なかった。…愛おしく想うんだ。困ったな、明日から俺はどうしたらいい」

「…………どう、って…」

「…普段通りに、接してくれるか。俺は多分無理だ。お前も」

「……やたら俺に絡むと思ったら…下心ありきだったってのかよ…?」

「…すまん。仕事の話なら…簡単に二人になれるからな」

「……あんた、とんだ狼だな」


 クルルが、ふっと力を抜いた。ギロロも優しく抱き締める。

 抵抗されないのがせめてもの救いだとギロロは思う。クルルはくつくつと笑いながら、短冊、と口にした。


「あれ見て、告白してきた奴は二人目だ」

「………」

「あんたの言う好きと、あいつの言う好きは、意味が違うけどな」

「……は?」

「友愛というか、まあそんな?おじ様のお友達としてよろしくお願いしますだそうだ」

「は…なっ、えっ!?」

「まあここまで来たら言ってもいいか、好きって言ってきたのはアンゴルちゃんだ。勿論、その言葉に偽りはないがあんたの言う意味とは180度違うわな」

「…な、なぁっ…!」

「日頃から思っていた感謝の意を告白、っていう意味で捉えたらしいからなぁ」


 クルルの言葉は、頭にぐるぐると反復した。つまり勘違いだったのだ。言われてみて確かに、クルルはケロロの最初の愛の告白かどうかとの言葉に肯定はしなかったのだ。考えてみたらそうだった。

 つまりこれは、今、凄く間抜けで恥ずかしい状況だ。


「…で?先輩は、俺にどうしてほしいわけ。まさかアンゴルちゃんと同じ意味とは言わないよな?それとも何か、息子みてぇに思ってくれてるのかい?」

「違っ…いや、あの…ええいクソ!」

「にょっ!?」


 クルルの身体はまた引かれ、背中に柔らかい布の感触がした。目の前には真っ赤な顔。吐息も感じるほどの距離。
 さすがに、クルルも冷静さを少し欠いた。頬が朱に染まり、やんわりと手でギロロの肩を押し返す。


「……せ、んぱい、やだ…」

「馬鹿者…そんな顔をするな、逆効果だ」

「…変態」

「貴様に言われたくはない」

「…男に欲情すんのかよ…」

「お前にだけだ」

「……」


 じっとりと、触れ合う肌が汗ばんだ。熱中症のように、クルルも頭がくらくらとした。

 この場をどうすればいいのか、考えられない。優秀な頭は、こういった時の対処法を知らないのだ。
 逃げたい、それは恐怖とは違う。羞恥。混乱。

 愛とはなんだったか。好きと言うのは何か。


「クルル」


 響く低い声。ずくりと背中が疼く。
 食われてもいい、そんな感情。


 だって、拒む理由が何もないのだから。


「……俺相手に、苦労しますよ」

「…クルル」

「………明日からどうすればいいのか、でしたっけ?じゃあ恋人面してたらいいんじゃないんスかね。俺はしないと思いますけど」


 これが精一杯の答え方だ。同じように好きだなんて言える性格は持ち合わせていない。

 ギロロを見れば目を丸くして、それから一瞬で赤くなり、柔らかな笑みを浮かべた。







 

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