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□聴こえないけど?
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敵勢宇宙人と相対したのは久し振りだった。
ヴァイパーやその僕のモミ、ブラックスターとはまた違ったその敵の攻撃に平和ボケした小隊は少し手こずったが、それでも何とか撃退出来たのは襲われて二時間後の事である。
もうお昼も過ぎた頃。少々派手に暴れたお陰で修復に駆り出される面々は、一先ずの昼休憩を挟んだあと疲れた顔を隠すこともなくただ黙々と作業を続けている。
「此方スカル1。ここ一帯の修復はあらかた済んだ」
『こちらスター1、スカル1了解であります!我輩とモア殿もそろそろ引き上げるであります!』
『ワカバ1ですぅ!こっちはちょっと人手が欲しいなぁなんて…』
『こちらダート1でござる、ワカバ1に合流して終わり次第引き上げるでござるよ』
ギロロは無線で聞こえるやり取りに安堵した。
何とか終わりそうだな、と独り言を呟いて、無線を少し弄る。繋ぐ相手を一人に固定して、んん、と咳払い。
「ナルト1へ、此方スカル1。そっちはどうだ、片付きそうか」
先のやり取りに口を挟めなかった相手に、ギロロはそう訊ねた。
一人だけに繋ぐようにしたのは、この先の会話を邪魔されたくないためである。ギロロは相手の返答を少しそわそわとしながら待ったが、返ってくるのは無言だけ。
ん?ともう一度問いかけようとすると、遮るように声が入った。
『わり、今忙しい』
「…そんなに大変なのか?戻ったら手伝う。モアに…」
『あ、誰もこっち来んなって言っといてくれ。んじゃ』
「…あっ?お、おいクルル!?」
一方的に切られた通信。なんだ、どうした。
もう一度繋げようにも、クルルが通信を無視しているのか気付いていないのか、返ってくるのは無音だけ。
そんなに忙しく、らしくもなく焦っていたようなクルルの様子はただ事ではない。誰にも内緒で一人で何とかしようとするのはクルルのスタイルだ、それをとやかく言うつもりはないが黙ってクルルを放って置けないのがギロロの性である。
慌てて飛行ユニットへと飛び乗ったギロロは、クルルの居る司令室へと直帰した。途中、緑色を追い抜かした気がするが気のせいだ。大したことでもない。
司令室へと走り、空いた扉の先は誰も居なかった。モニター類は真っ暗で、特に忙しない様子もない。
くるりと踵を返して走った廊下で、さっきの緑色と擦れ違う。
「ギロロ、そんなに急いでどったの?」
「何でもない!」
思わずピリピリとしたまま怒鳴るように答えてしまったが、ケロロとしては今更怯えたり怒るわけでもなくいつものことだとあまり気にもせず、凄い速さで駆けていく幼なじみをただただ見送るだけだった。
ただ彼の背中が着いてくるなと語っていたので、それを肩をすくめながらやれやれと苦笑し次の瞬間には部屋で何のガンプラを作ろうだとか夕飯はハンバーグがいいなあとか、ケロロは思いながら部屋に戻っていくのをギロロは知らない。
急いで向かったラボの扉は、普段と違って固く閉ざされていた。ここに居ることはまず間違いないだろう。だがここの扉は中からロックを解除されない限り入ることは不可能である。
「クルル!おいっ居るんだろう!」
まず始めに、ギロロは声を張り上げた。それから反応が無いのを確認してからシェルターを叩く。
それでも反応が無いのを見て、気の短いギロロは青筋を浮かべた。
手には小型の銃。あまり爆薬も使わない、ギロロにしては控えめなそれはレーザー式の光熱銃。こうしたシェルターを音もなく破るための、侵入用のアイテムである。
ギロロはそれを使い入り込めるくらいの大きさで穴をあけ、滑るように入り込んだ。中はモニターの光で照らされていて、特に交戦している気配もない。
気配と言えばこのラボの主であるクルルの気配しか居らず、そのクルルは背を向けたままいつもつけているヘッドフォンを外して何かガチャガチャと弄っている。
なんだ、居るじゃないか。
無事であるクルルの姿にホッとして、構えていた交戦用の武器をしまう。
「クルル」
勝手に入り込んだことを咎められる事は承知で、クルルの背中に声をかける。だがクルルは振り向くことも反応を示すこともなく、ヘッドフォンをいじり続けたままだ。
何をそんなに集中しているのかと覗き込めば、ビクリと大袈裟に跳ねたクルル。反射的に飛び出した腕が勢い良く顔にヒットした。
「っ、何をするっ!」
「…な、何しに来やがった、来んなって言っただろうが」
「……貴様の様子が変だったから見に来たんだ」
「…?……どうでもいいから、出てけよ」
「なっ、どっ、どうでもいいだと!」
「……んー?………あの、…あー、だから、あとで何とかするから今は放っといてくれって」
「何を何とかするんだ?何かあったのか?」
「………………」
困ったようなクルル。それを見ていて戸惑うギロロ。
クルルは必死にギロロの顔を見つめる。
いつもこんなに見つめられたりしないから、ギロロもどうしたらいいのかとそわそわして落ち着かない。
ヘッドフォンの無いクルルというのは見慣れない姿だ、なんだかいつもより弱々しく見える。
しばらく見つめあっていたが、クルルがやれやれと溜め息をついて紙とペンを取り出した。
それをギロロに渡して、「書いて」と言う。ギロロには意味が分からなかった。
「書く、とは」
「……今、聞こえねェんだ。あんたの声も、音も、何も。…自分の声も分からねぇから、うまく発音しながら喋れてるかも分かんねぇし」
「………!?」
「…さっきも何言ったのか分からねぇから…書いて」
それだけ言うと、クルルはまたヘッドフォンをガチャガチャといじり出す。ギロロは渡された紙とペンを見て数秒固まって、それから慌てたようにクルルの肩を掴んで向き合った。
突然身体ごと向き合わされたクルルだが、何となく予測がついていたのかやっぱりなというようにギロロを見つめ返す。
ギロロは眼孔を鋭くし、クルルにゆっくりと話し掛けた。読唇術など会得してはいないが、付き合いも長い。だから何となく分かるものである。
「大丈夫…なのか?」
「敵さんの壊音波で高性能なヘッドフォンがやられてな。そっから脳に影響与えたみたいだ。鼓膜は破れちゃいねぇよ。…まあ取り敢えず様子見だな、こいつが直ればもしかしたら何とか出来るかもってカンジ」
「…クルル」
「ククッ…おっかない顔。心配してんの?怒ってんの?」
「…ばかもんっ」
グッと肩に食い込む指。痛みを訴えるより先に、ギロロに抱き締められてしまった。これにはクルルも反応が遅れる。
「……先輩?」
「……心配するに決まっているだろうが、馬鹿者。…お前に何かあったら、俺は…っ」
吐き出した言葉は、クルルには聞こえていない。それでもクルルは何となく、自分の事を思って何かを言っているのだろうなと察した。
くすぐったいような、煩わしいような。ギロロの背に腕を回して、ぎゅっと抱き着いてみる。
伝わる早鐘の心音に、クルルは笑みを浮かべた。
「…クルル」
ギロロは囁く。聴こえていないことを承知で、耳元で。普段ヘッドフォンがあるはずのそこはむき出しになっている。
言葉は分からずとも、触れた熱と吐息にクルルはビクリと肩を跳ねあげた。
「ひ、…なんだよ?」
「…会話が出来んのが、何だか変な感じだ。…お前は俺の言葉にいつも返してくれたから。普段の会話を楽しく思ってたんだ。俺は怒鳴ってばかりだが、お前はそれでも返して、笑ってくれる。普通の会話もそうだ。…守れなくてすまない。早く治して、また話をしてくれないか。…ガラにもなく、寂しいんだ。会話が出来ないのがもどかしい」
「…ん、ん?…なに。なんだよ?ちょっと、なんかくすぐってえ、ってか、ほんと、や…っ」
ぞくりと背筋に甘い痺れ。しがみつく力も増してしまう。
離れようともがくクルルを強く抱き込んでしまえば、力で敵わないと諦めたクルルが力を抜いた。
「…クルル」
「………心配してくれんのはありがてえんだけどよ、作業させろよな。じゃないと治らないぜェ。俺があんたのことシカトし続けてもいいのかい?」
「クルル」
「……先輩…聞いてます?なぁ」
不安そうな声に、ギロロは腕を緩めて顔を見る。目が合ったクルルは、少しだけムッとしていた。
無視されたのが気に食わないのだろうなと苦笑したら、クルルはますます顔をしかめる。
「あんたは聞こえてんだろ、無視すんな」
「すまん」
「……俺は早いとこ聴覚取り戻してーの。分かります?これでも不便してるし、不安なんスよ」
「…不安?」
とてもそうには見えなかった、と言いたげな目に今度はクルルが苦笑した。
やれやれと大袈裟に肩をすくめて、ギロロにもたれ掛かる。
「…あんたの声、早く聞きてえ」
「………!」
「だから、早いとこ直してえの。邪魔するなら引っ込め」
ギロロは顔を真っ赤にする。クルルはそれを見てニヤニヤ笑い、今度こそ腕を完全に緩めたギロロから抜け出した。
「治ったら、いち早く名前呼んでくれよな」
そしたらいっぱい、話をしようや。
掠めるだけのキスをして、クルルはギロロに背を向ける。
――数刻後に治ったクルルの聴覚に飛び込んできたのは、絞り出したような震える音で名前を口にした真っ赤なギロロの声だった。