□それが確かな愛だった
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 それでもいいかと思う事の方が圧倒的に多かった。
 恋人でもない、友達でもない、ただの小隊の仲間。後輩であり、上司。
 欲しいか欲しくないかと問われればもちろん欲しいと答えるだろう。だがそれを言えるほどギロロは子供ではなかった。

 側に居ながら伝えることもなく、護れればそれでいいと思っていた。仮に彼奴が誰かを好きになり、己を写してくれなくなっても仕方がないと諦めるつもりで。

 地球に来て間もなく、心変わりをしたのは、彼ではなくギロロの方であったのだが。
 しかし心変わりと言えども、長年好いた相手を容易く無かったことにはできなかった。
 彼女に気持ちを向ける度に、視界に写る黄色にドキリとした。黄色が居ないときは、少しそわそわした。

 結局、ギロロは中途半端な心変わりをしてしまい、地球で見つけた娘への感情は膨らむことも縮むこともないまま行き場もなくふらふらと揺れるだけ。

 根本的にある彼への気持ちは、娘に何かがある度助力する彼を側で見続けたせいで膨らみ、それでも破裂しないのは娘への気持ちも揺らぐからだった。

 どちらと好き合っているわけでもないが、これはギロロにとって浮気であるに変わりない。

 そう思うからこそ、どちらかに決めるべきだとギロロも分かっていた。

 ――その決意をしたのが、先月の話。


 クルルの腕を引きながら歩いた先に目的地など無い。

 ただ自然と足を向けたのは、花屋だった。


「…花…?」

「……」

「……そういやあの花…いったい何なんスか?モアは喜んでましたけど」


 切り出すタイミングがいまいち見付からなかった話題。

 ギロロは少し難しい顔をした。


「…あの娘にやった訳じゃないぞ」

「…じゃあ何、俺に?生憎と花を愛でるような性格はしてねんだけど。あんたも知ってると思ってたんだがな」

「花言葉」

「……へ」

「…花言葉…くらい、貴様も調べただろう」

「……いやまあ、そりゃ調べましたけど」

「………少し待ってろ」


 そう言ってギロロは花屋に入る。あまりに彼に似合わない光景が何だかおかしかったが、クルルはどうにも笑えなかった。

 ややあってギロロが店から出てきたのだが、手に握られた花は――一輪のバラ。

 それを目にして驚いたクルルの腕を引いて、ギロロは人目につかないような路地裏に入る。進んだ先は少し広い空間だが行き止まりで、壁にはスプレーで落書きが残されていた。

 こんなところがあったのか、と辺りを見渡しながらも、内心はこの逃げられそうにない場所に焦っていた。

 ギロロが、振り向く。


「今日、貴様がデートと言った言葉に、期待した。浮かれたんだ、年甲斐もなく」

「……」

「…意味、分かるだろう?」


 差し出されたその赤いバラは、愛の表現として一番代表的な花である。クルルもさすがにそれくらいは知っていた。

 口をぽかんと開けて固まるクルルは、混乱する思考回路を必死に巡らせる。

 どこで、いつ、この人はこんな冗談を言うようになっちまったのか。いや、冗談には見えないから、新手のウイルス?敵性宇宙人と接点が最も多い彼だから、交戦中に頭をやられちまった?

 彼の最愛の人は地球の女ではなかっただろうか。

 クルルの脳内でいろんな思考が巡る間、ギロロはクルルをじっと見つめていた。
 その見つめる視線に、クルルが苦手とする真っ直ぐな暖かい何かも混じっていたのだが、混乱しているクルルはそれに気付かない。

 ややあって口から出た言葉は、クルルも無意識だった。


「…あんた、花屋似合わねえな」

「……貴様、言うに事欠いてそれか」

「俺も花は愛でねえし、花言葉で選ぶにしてももう少し見栄え的なもん考えろよあんた、センスねーな。モアが生けてる花瓶見たかい、ぐちゃぐちゃッスよ」

「しっ、仕方無いだろう!俺にだって花の良し悪しはわからん!気持ちが伝われば良いだろうが!」

「むしろ花言葉知ってる先輩に驚きだぜぇ…そんなうすら寒いことよく思い付きましたね。俺ならやらない。絶対やんない。だってダセエもん」

「ぐっ…なっ、なら貴様はどうするんだ!」

「俺ならストレートが好みだねェ。相手にもよるだろうが羞恥に転げるまで囁いてやるのも楽しそうっスけど」

「…っクルル!」

「ハイ?」


 一歩、ギロロの身体が前に動いた。
 クルルが後ずさるより先に、ギロロは触れるギリギリまで来て耳に唇を寄せる。


「…好きだ」

「……っ!?」

「…好きだ、クルル。お前が笑う度に耳を傾け顔を見たくなる。俺に話し掛けてくれる度に嬉しくて仕方ない」

「…ク…!」

「……頼む、茶化したりするな。俺は生半可な気持ちでお前に言ってる訳じゃない。…クルル」


 お前が、好きだ。

 その言葉は優しく、溶けるような低音で響いた。クルルはギロロを見つめたまま固まっているが、その心臓はギロロと同じくらい脈打っている。

 ――意地の悪い話がある。クルルもまた、ギロロに好意を寄せていた。

 ギロロと違い消極的で、そもそも諦めていた節もあったのだ。話が出来るだけで充分幸せだと思っていた。
 目が合うと反らすくせに、ギロロの注意がこちらになければこっそり見つめる。話すたびに早口にならないように気を付けた。口許の笑みを手で隠すことも忘れない。

 花を貰って直ぐに問い詰めなかったのは、淡い期待に胸を膨らませたから。否定されるのが怖かった。
 花を貰えるなど夢のようだと、花言葉を調べていくうちにそれがすべて甘い言葉であることが嬉しかった。

 ――捨てずに飾られたままなのは、そういう事なのである。


「…それ、今じゃねーと、ダメなわけ…」

「……逃げる気か?」

「逃げたくもなるわ…」


 これがいっそ夢なら。

 目が覚めて、いい夢だったなと二度寝を決め込むのに。

 逃げられないと諦めて、クルルは一つため息をつく。


「…これは仮に、お断りしたらどーなんの」

「……あんまり考えてないな」

「…逆に受け入れたら?」

「…………………」


 ギロロの顔が更に赤くなり、体温が上がる。クルルは、何も言わずに再びため息をついた。

 ため息を聞いたギロロが、あわてて口を開く。


「…き、嫌われていないなら、それだけでもいい…」

「…メリットは、何かあんの」

「は?」

「あんたに応えたとして、俺に何かメリットはあんのかって聞いてんの」

「…め、メリット…?」

「……何の気の間違いか知らねえけど、俺がいずれ切り捨てられるんならこの話無しにしませんかね?」


 結婚してガキをつくって。
 あんたならそういう未来の方が幸せそうでお似合いだ。


 クルルが静かに淡々と口にしたそれは、ギロロにどう届いたかはクルルの知るところではない。
 ただ、涙ににじむ目、涙を溢さないように堪えるクルルは、知らず唇を噛み血をにじませた。


 いつか離れてしまうなら、最初から無い方がいい。夢を見たままでいた方がずっといい。
 それは、ギロロの今後の事と自らを守るためであり――それが、ギロロの告白に対する答えだ。

 はっきりノーとは言えないのは、クルルなりにそれが不本意な答えであるという意思表示。


 しばらくしてから、ギロロはゆっくり離れてクルルの顔を見つめた。
 その表情からは何も読み取れない。それなのにこっちの考えが見透かされているようで落ち着かなくて、クルルは顔を俯けた。

 ギロロはそれを見つめながら、少し表情を和らげる。


「…クルル、貴様には悪いが俺は取り消さんからな。はっきり答えをもらうまでは逃がさんぞ」

「…んだよ、それ…」

「……自惚れかもしれんが、俺は少し期待してるんだ。お前が嫌な顔しないのも、この一ヶ月何も言わなかったのも、少しは俺を気にしてくれてるんじゃないかと」

「……」

「違うならさっさと言ってくれ。……俺には耐えられん」


 何が、と問い掛けようとしたクルルの目元に、ギロロの指が優しく触れた。
 触れた熱に驚いて、浮かんでいた涙がホロリと落ちる。


「貴様の言う幸せが家族を持つことになるなら、俺はお前を幸せにはしてやれない」

「……」

「俺は一生お前の隣で、お前を守って生きることしか出来ないからな」

「…っ…」

「俺はお前を絶対に捨てたりしない。……だから、頼むからそんな顔するな」


 涙が、あとからあとから溢れてくる。


 プライドの高いクルルだ、泣いてる姿はきっと見られたくないのだろう。
 くるりと背を向けるクルルに、ギロロは顔を見ないようにと、クルルから目をそっと反らし、ぽつりぽつりと口を開いた。


 気持ちを言わずにいようと思っていたのを取り止めたのは、ほんの些細な事からだった。


 いつものようにラジオを聴いていたギロロの耳に届いたのは、リスナーからの恋の悩みに対するDJの意味深な言葉。


『誰かに取られるより先に、自分のモノにしたいっていう気持ちは誰しも持つと俺は思うよ。俺にもずっと気になる子が居るんだ。ぐるぐる渦巻きがトレードマークで、黄色の似合う気まぐれな猫みたいな奴。今何をしてるかな、とか、ラジオ聴いてくれてるかな…とかね?まあ、今の話は恋愛とは違うけど…でもそいつの隣に誰かが立って、幸せを独り占めしてるのを想像したら、やっぱり悔しいよね』


 DJの言うその人の特徴が、偶然にもギロロの想い人と重なり――勿論偶然ではなく、623はクルルの特徴を借りて述べていたのだがギロロは知るよしもない――そのまま、誰かの隣にいるクルルを想像したのがまずかった。

 想像しただけで握り締めた手に力がこもり、心音が響いて聞こえて、無意識にクルルの名前を呟いた。ギロロは激しく動揺したのである。

 クルルが誰かと、という発想に至らなかったのはクルルの性格や周囲の評価がそうさせたのだが、誰かに想いを寄せられるのがあり得ない話ではない。現にギロロがクルルに惚れているのだ。
 クルルも、この先誰かに惚れるかもしれない。

 ただ側に居られれば、今のまま見つめていられれば等と甘い考えでいたはずなのに、それが自分一人だけの特別な特権であればいいと思ってしまった。

 後戻りも出来ない手遅れなほどまで、クルルに懸想してしまっていたのを自覚したのである。


 それから、花を贈るなど遠回しに、けれど自分からであることを意識させて気を引こうという、クルルからしたらちょっと迷惑な行動に移したわけで。


 だいたいの状況をかいつまんで話されたクルルは、何とも言えない顔でギロロを見ていた。


「…それで花に辿り着く先輩の頭ん中どーなってんだ」

「いや、ラジオで花を贈るのがどうとか…」

「鵜呑みにすんなよ。…知らぬ間に誰かから一週間ごとに花を置かれてたら、フツーの奴は気持ち悪がるぜェ」

「うっ…」


 そこまで頭が回らなかったらしいギロロに、クルルは小さくため息をついた。

 泣いてスッキリした面持ちのクルルは、それでいながら少し居心地の悪そうな顔でギロロを見る。


「…信じてくれたのか?」

「まあ、にわかには信じがたいけど先輩がそんなくだらねえ嘘をつく方があり得ないからなァ…」

「……なら、その…」

「………」


 ギロロの前で泣いた手前、もう答えは出ているものだろうにとクルルは思う。それでも最初にギロロは答えを言葉で欲しいと告げた。クルルが言うまでは恐らくここを動かないし、クルルも動けない。


 しばらく見つめあってから、クルルは仕方ないと諦めて「はい、降参」と肩を竦めて笑った。










両片想いだった二人の話



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