□愛を分かち合えなかった二人
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「どこに行っていた?」


 地球に戻って、ラボに入ろうとしたその時だった。

 振り向けばギロロが、少し機嫌が悪そうにこっちを見ている。
 不在届けは出したよな、と、何も思い当たる節がないクルルが首をかしげれば、ギロロは小さな溜め息をついて近くに寄った。


「一週間も、どこで何をしていた?臨時の任務でも本部からの依頼でも無かったのだろう?」

「…ククッ。有給余ってるから消化しただけっスよ」

「…………俺には言えないのか」

「…いや、聞いてどうすんだよ。なに、一週間居ない間に何か問題でも?地球に何かあればモアに特殊連絡網で繋ぐようには言ってたけど、何も音沙汰無かったっスよ」


 特に連絡も無かった、至って地球は出発前と変わらない。

 しかしそう告げてもギロロの機嫌が悪いままであるため、何が原因かと頭を捻る。

 侵略の会議は明日だ、一週間は侵略の予定も何もなかった。
 …夏美と何かあったのだろうか。それが一番答えになる。

 ギロロが夏美とうまくいかなかったからなんだと言う話だが、クルルはやれやれと肩を竦めた。


「…隊長とかが勝手に何かやらかしたとかそういう話なら、俺は知らないぜェ」

「違う、そうじゃない。…貴様、所在の信号も通信も切っていただろう」

「ク?あー、まあ、邪魔されたくなかったし?」


 誰にも言えない秘密である。ギロロには絶対に言えない。

 プライベートよ、と茶目っ気混じりに答えれば、ギロロはまたしかめっ面をした。


「…クルル」

「?」

「…どこも怪我はないのか。病気も、してないな」

「へ?」

「……連絡くらい取れるようにしろ。何かあってからじゃ遅い」


 クルルの脳は鈍く動いた。

 ギロロが不機嫌な理由、己の行き着いた答えを疑ってしまう。
 連絡が取れなかったことを単純に怒っているのではない。
 何か言おうと口を開くも何も出てこないクルルは、ギロロが動いたのをただゆっくり見て――、気が付いたら抱き締められていた。

 唐突な行動にクルルは固まり、ギロロはそんなクルルに頬を寄せる。


「…ック、ひ…?」

「……また病院に行ったのかと思った。…本当に、身体は大丈夫なんだな?」


 優しい、けれど不安が混じる声。クルルを抱き締める腕が、熱い。じわじわと、クルルの頬に赤みが増す。

 心配をされた。ギロロが己を。それが堪らなく嬉しくて顔が熱くなる。

 機嫌が悪そうに見えたのはそういう理由だったのかと、ようやく理解した。


「…何でも無いぜぇ。本当に、ただの休暇」

「……そうか」

「そ」


 クルルは喉を鳴らして小さく笑う。

 ……本当は、言ってもいいんじゃないか。あの子にとっての親。自分一人の我が儘で失った命。

 あの日、ギロロは子供が出来てもいいのだと肯定的だった。嬉しいのだと。優しいキスもくれた。

 ――思えばあの日のキスの理由も、あの時の言葉の続きも、まだ知らない。


「…く…」


 途端に逃げ出したくなってクルルは腕を突っぱねてみたが、ギロロは離さない。
 それどころか強く抱き締められてしまい、クルルはもう身動き一つ出来なくなった。

 うるさい心臓の音が聞こえてないだろうか。じんわりと汗ばんできて、顔が熱くてたまらない。

 ややあってギロロが、クルルの腰を少し意図を持ったように優しく撫でた。


「…っ」

「…クルル」


 すっかりギロロに慣らされた身体は、それだけで充分びくついた。ただクルルは、今までにない触り方に違和感を覚える。

 ヤりたいなら今までは直ぐに下に触れていた。腰を撫でるなどされた覚えはない。


「せ、んぱい?」

「…少し、黙れ」


 低い声。それに驚くまもなくキスにより塞がれた唇は、ギロロの舌に無理矢理抉じ開けられて空気の入る隙間もなくピッタリとくっついてしまう。

 その間、腰を撫でる手が支える手になり、いつの間にか胸辺りをまさぐられていた。

 胸はいつも触られないのに、変な感覚が腰からせりあがる。


「んっ、んんっ…!」


 やわらかくもかたくもない胸が、ギロロの手で触られる。
 顎下からスルスルと触れては軽く揉まれ、クルルは慣れない感覚に身震いした。

 苦しさに顔をそらしても、追われまた唇を塞がれる。
 絡まる舌先は熱い。生理的な涙が伝うと、ほんの少しだけ唇が離れた。


「…っは、あ…せんぱい…?」

「……クルル、もうひとつだけ聞きたいことがある」

「ク…?」

「……この間のタマゴ…あれは、お前の子供だったのか?」

「……!」


 ギロロの問いに、思わず固まってしまう。それが答えともなるかのように。

 少しだけ悲しげな目に変わったギロロは、目を伏せて小さく息を吐く。


「…相手は?まだ病院か?お前、子供だけ連れ帰ったのか?…相手が居るのに俺とこんなことを続けるのはよくないんじゃないのか」


 やや早口で告げられた言葉の意味に、クルルは少し面食らった。
 理解して、それからなんとも間抜けな声を出してしまって。

 …これはとんでもない誤解だ。俺が産ませたことになってる。
 でもこのタイミングで明かすべきなのか?黙っていれば、先輩の言葉の肯定になる。
 もう触れてもらえない。それは嫌だ。あの日の言葉の続きを、まだ聞いていないのに。
 それなら言ってしまおうか。あの言葉が本当なら、それなら。

 ぐるぐると脳を素早く回転させて、やっと出た声は、少しだけ震えていた。


「………先輩…」

「…なんだ」

「……先輩は、俺との子供が出来たら嬉しいって、言ってくれたよな」

「あ、ああ」


 心臓が痛いくらい脈打った。言ってしまうのが、まだ怖いと思っている。

 あの日の言葉は嬉しかった。正直、期待してしまう。

 あの子はもう居ない。居ないけれど、でも。


「……あのタマゴ…先輩との子供だった」

「……っ!?」

「…身籠ったんだ。俺が。男なのに。……病院に行ったのは摘出手術したからで…」

「…待て、クルル」


 一層、低い声だった。

 顔を上げれば怖い顔をしていて血の気が引く。心臓が痛くなる。

 ああ、言わなければ良かったか。これではもう側に居てもらえない。


「…っ馬鹿者!」

「ひっ」

「何故早く言わない!?ふざけるな!!」

「ク、ひ…っ」


 ああ、駄目だ、嫌われた。

 ぎゅっと縮こまる身体は震えている。それに気付いたギロロは、グッと唇を噛んだ。
 怯えるクルルの身体を、ゆっくり抱き締める。


「……すまん」

「…え…?」

「…待ってくれ、まだ理解が追い付かん。…あのタマゴは、本当に俺たちの子供なのか」

「……そっすよ」

「……どうして、言わなかった?」

「………それは…」


 言ったら嫌われる。そう思ったからだ。嫌われて、子供が死ぬことを恐れた。

 今にして思えば、なんと勝手なことか。

 言えずにいるクルルに、ギロロが自嘲する。


「…いや、いい。言えないな、俺との子供がなんて、嫌だろうからな」

「っ!?や、違っ」

「身籠っていたことに気付けなかったのは悪かった。そんな状態も知らず無理矢理抱いたこともあったな、俺は」

「…ク、ひ…」

「最低な父親だな……子供が死んだのは、俺のせいか」

「違うっ!」

「…クルル」

「違う、俺が、俺が…っ」


 ぼろぼろと涙が溢れた。母胎として出来損ないだったから、男だから、嫌われるのが嫌だったという理由で隠していたから。

 何も言葉に出来ず、クルルはただ震えて泣く。すがるように、腕を回して。


「……すまん、クルル。ツラい思いをさせた」

「…っ、ク」

「……守ろうとしてくれたこと、生んでくれたこと…礼を言う」

「……っ」

「…気付けなくてすまなかったな」


 ぎゅっとしがみつくようなクルルの背を、ギロロは優しく撫でる。

 どんな思いでクルルは身籠ったのか。自分との子供が出来たと知ったクルルの気持ちは。死んだときのあの泣き方は。
 一人で背負わせてしまった原因は自分であるのは明白だ。

 順番を間違えてしまったんだ、俺もクルルも。

 クルルに言わなければならないことが、たくさんある。





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