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□逃げ腰だったのはどっちだ
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少し前だ。何となくケロロの部屋に向かって、武器を磨いていたあの日。
部屋の主は途中退席、残された部屋では自分とクルルの二人だけ。
二人になることも珍しい事ではなく、さして会話もしない間柄は時に気楽だとも言えた。
犬猿の仲と言われたこともあるが、やり方の方向性が気に入らないだけで嫌い合ってるわけではない。二人だけの空間が苦痛だとか、そういうことは無いのである。
その日も相変わらず部屋に響くのは自分の武器を整備する音と、パソコンのキーボードやマウスのクリック音。自分はその音の空間が好きだった。
無駄な音はない。心地いい。この落ち着いた空間が生まれるのは、クルルと二人になった時だけだった。
カタカタという音が不意に止む。「んんっ」とクルルが伸びでもしたのか、そういう声と共に骨のなる音がした。
「…なんだ、凝ってるのか」
「ん?…あー、まあ、そりゃそうっスよ。いくら俺様でもさすがに疲労くらい溜まりますぜェ」
「遊んどるようにしか見えんがな」
「クック、毎日意味もなく武器の世話してる先輩よりは働いてるつもりですけど」
「……」
いつもならここで一発怒鳴っていた。それなのに、この日はどうもそういう気が回らず、ただ武器を磨いていた手を止めて簡単に片付ける。
クルルも不思議そうに見つめていた。
「背を向けろ。肩を解してやる」
「ク?…なんスか急に」
「そのままではツラいだろう」
「まあそっスね」
「任せてみろ。これでもストレッチは得意だからな」
「クク、どーせなら揉んでくれや」
「貴様のは揉んだくらいで善くならんだろ」
「分かるもん?」
「年中背が曲がって、且つ毎日画面を見続けたら相当なものだろうが」
言いながらクルルの首筋を強く押した。張っている筋は確かに凝り固まっている。
「大分固いな」
「…う、ク、あ、あ、痛い」
「だろうな。後ろに腕を引くぞ」
グッと腕を引いてやれば骨が盛大に音をたてる。クルルも悲鳴を小さくあげた。
最初は良かった、普通にストレッチをしていただけだったから。
――それなのに気が付いたら、クルルの事を組み強いている自分がいて。
確かクルルがバランスを崩した、のだと思う。それに巻き込まれて倒れて、それから。
ストレッチによって上気するクルルの呼吸と赤らむ頬。なんだか変な気持ちにさせた。
そのあと直ぐに部屋の主であるケロロの足音が聞こえて、慌てたように離れたので特にこれと言う何かは無かったのだけれど。
それからずっと、クルルの顔がちらついて。会議中や作戦中、廊下でばったり会ったとき。ふと何気無くクルルを見たときに目が合って、ドキリとした瞬間。
――ああ、これはまずいなと、胸に落ちた感情に苦い顔をした。
その感情に気付いた時から、クルルが可愛く見えて頭を抱えた。何をするのも、話す声も全部。
今まで何とも思わなかったはずなのに、それまでの自分がどうクルルと接していたのかも分からなくなった。クルルとの記憶を思い起こすと、思い出す記憶に身悶えた。可愛い。可愛い。可愛い。
あの日、あの時、あんなことさえ無ければ良かったのだ。そうすればこんな感情は生まれやしなかった。だからといって無かったことにすることはもう無理だ。
…それでも、それは切っ掛けだったのかもしれない。今までクルルに向けていた己の感情は、切っ掛けが無かっただけでもしかしたら、と思うこともある。
夏美に向けていた感情に、同じような感情はあっただろうか。好きだ、もちろん、それは愛だ。だがその感情の先、己の欲はなんだ。夏美と子を成したいと思っただろうか。家庭を持とうとは思っただろうか。
好意を抱いたそれは、強かったからだ。強さに惹かれた。
どこか子供の部分が残る夏美に、性欲が働かなかったのは庇護欲もあったからかもしれない。
夏美の裸を見れば興奮もした。それはでも、夏美でなくても同じように反応したと思う。男なんてそんな生き物だ。そこから先、手を出したいかどうかと問われたら、やはりそれは否である。
だがクルルはどうだ。
あの時、触れた身体はどこか柔らかかった。自分とは違って華奢だった。体温が心地好かった。
己の手で、クルルを暴いてしまいたい。どんな反応をするのか。どんな声を。どんな表情で。
組み敷いたあの時、邪魔が入らなければ何処まで俺は手を出したのか。
感情の先に行き着いたのは、欲にまみれたものだった。
まさか俺が、あんな奴に。男に。嫌な奴だ、やり方は気に食わない。けれど、でも。
ああ、この感情は、いったいどうしたら良いんだろうか。