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□百万回ダメでも
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「驚かすな、泥棒かと思うだろう」
入って来て早々、素早い動きで銃を突きつけてきた先輩。けれど相手が俺だと分かると銃を降ろしてひどく驚いた顔をした。
おかげで涙も下半身の熱も引っ込んだから、くつくつと笑って上体を起こす。
「どうかしたのか、少佐であるお前がわざわざここに来るには理由があるんだろう?」
「…少佐じゃねぇ」
「?…ああ、プライベートか?」
「バカ。…降格した。曹長だってさ」
「は…はああ!?どっ、なにっ、どうしたんだ!」
「クッ、いいじゃんそんなこと」
「よくないだろう!お前の今後の人生に関わることだぞ!」
「クルルたんはギロロ先輩が居てくれるならいいもーん。ククッ」
「あのな、ふざけてる場合か」
ふざけたつもりは勿論無いが、通じなかったらしい。…先輩と離れてるのが寂しくて嫌だなんて、ガキみたいな理由がバレる方が恥ずかしいが。
ようやくギロロ先輩に会いに来た理由を思い出して、少し気分が落ちる。
「…先輩、地球行くんだってな」
「……お前、まさか見送りに来たのか」
「………小隊長、あんたがよく話してた幼なじみなんだってな。あの特異なケロンスター保持者」
「そうだ。何だかんだ同じ隊になるのは初めてでな。一応ケロロ…隊長の意思で俺も隊員確保に……」
「…?」
は、とギロロ先輩の目が光る。
それから少し考える素振りを見せてから俺に向き直った。
「おいクルル。お前、今は曹長だと言ったか」
「ク、そうですけど」
「仕事は?」
「さぁて。本部からの依頼は特にまだ来てないっスけど、そのうち部隊編入とかあんじゃねーの」
…ほんとは先輩と一緒がいいから、地球侵略チームのどっかに入れないかと申請済みなんだけど。
チームにさえ入れば小隊に入れなくても関わる事は可能だ。母艦内に居ればいつでも会えるし、おそらく司令部に配属されるだろうから裏で先輩を守ることも出来る。
共に戦える。その夢が叶うのだ。
「なら問題ないな」
「…なにが?」
ギロロ先輩はにっ、と笑って俺の頭を撫でる。
……ああもう、やめてくれないかい。笑顔は少し苦手なんだ。触れるのも勘弁してくれ。どっちも心臓が苦しくなるから。
「クルル」
「なに」
「お前、俺たちの隊に入らないか」
「………クゥ…?」
突然の言葉に脳がフリーズした。
……同じ隊に?それはつまり、前線に出ろ、という事で……いや違う、これはつまり、ギロロ先輩と肩を並べて戦える…?
「…でもそれって普通、上から決められるもんじゃねーの…?」
普通、戦力の片寄りや私情が絡まないよう軍隊は上からの指示で組まれることが多い。小隊なら尚更だ。
それを知る先輩も、「まあ普通はそうだな」と続けたあとに溜め息を吐く。
「だが今回は特例らしい。隊長が自分で選ぶと聞かなくてな。結局俺も巻き込まれたクチだ」
「…それで…俺に、入れって?」
「小隊となると参謀も必要不可欠だ。お前の頭脳なら間違いないだろうし…俺は、お前とならやれると思ってる」
「!」
「まあ無理にとは言わない。降格された身ならしばらく派手な動きも出来んだろう。謹慎が明けて、考えてからでも…」
「やってやろうじゃねぇの」
え、と声なく先輩が驚いた様子で目を丸くする。
俺は端末を取り出して手早く操作した。ピ、と短い電子音。
「クルル」
「ハイ。ガマ星雲第58番惑星ケロン星、宇宙進行軍特殊先行工作部隊通信参謀クルル曹長――地球侵略配属部隊名ケロロ小隊。登録完了、だぜェ〜」
「おっ、お前いいのか!?」
「ククッ、先輩が誘ったんだろ」
「そ、それはそうだが…本当にいいのか?しばらく戻れなくなるぞ」
「言ったはずだぜェ、ギロロ先輩と一緒がいいって。…迷惑?」
「……迷惑じゃない」
「ククッ」
先輩と居れる。隣に立てる。こんな喜ばしいことがあるだろうか。
ギシ、とベッドが軋む。
先輩が隣に座った。なんだか急に、気恥ずかしくなる。
「…クルル」
「……く」
「お前は俺が守る」
「…!」
「上からの指示がない限りは必ず俺と行動をしろ。もしくは俺が見える範囲に居ろ。…いいな?」
「…守るのは隊長じゃねぇの」
「勿論、ケロロも守る。仕事だからな。だがそれとは別だ、俺がお前を守りたい」
ぽん、と頭を撫でる手に顔が熱くなる。
心臓がうるさい。思わず俯いて、でも、手を振り払えなくて。
「……俺だってあんたを守りたい」
「……」
「…俺に離れるなって言うなら、あんたも同じように俺から離れて行動するな」
「…言われなくても」
「……ククッ、ならいい」
ぽす、と再びベッドに背中から倒れ込む。先輩はチラリと視線を寄越したあとに溜め息をついた。
「なんスか」
「…いや別に。それよりお前、降格したことをガルルに言ったのか」
「言うわけねェだろ…なんですすんで説教受けにゃなんねんだ」
「…まったく、少佐から曹長に降格とは有り得んぞ普通」
「普通じゃないのが俺なんでェ」
「………」
また溜め息。先輩は立ち上がって、簡易な冷蔵庫からペットボトルを取り出した。
無言でそれに口をつけて飲む様に、何故かドキリとする。
「…地球侵略が成功したら、また少佐に戻れるよう俺からも交渉してやる」
「…ク?」
「お前はまだ若いからそう事態を軽く受け止めるんだ。あとになって動きづらくなるのはお前だぞ」
「……戻りてぇとか思って無いし、先輩からのお節介も必要ねぇよ。俺には実力が伴ってるからなァ」
「……」
あ、ムッとした。苛立ちが顔に出てますぜ、先輩。
……俺のために考えてくれることが鬱陶しいような嬉しいような、むず痒い感覚。
「…俺、天才なんで。この頭脳があれば軍は俺を捨てやしないんだぜェ〜」
「……………」
まだ怒ってる。むしろさっきより険しい表情だ。癪にさわった?なんで。
言い返さないのは口で言っても勝てないとわかってるからだろう。ギロロ先輩の顔に思わず苦笑する。
「…ヒデエ顔」
「それはお前が…、………チッ、何でもない。それより俺は寝る。疲れてるんだ、部屋から出てけ」
「添い寝してやろっか」
「必要無い!」
「つれないの」
ククッ、と喉を鳴らして立ち上がる。それから先輩の手にあったペットボトルをスルリと奪い取った。
「おい」
「これ貰ってくぜェ。喉乾いた」
「お前な」
「じゃあまた、打合せしましょ。これからも宜しくな、ギロロ先輩」
ククッ、と笑うとしかめっ面。小さく、宜しくと言われて嬉しくなる。
おやすみ、と声をかけようと口を開くが、それより言ってなかった言葉が頭を過って、それが代わりに口に出た。
「先輩、お帰りなさい」
「は。…あ、あぁ…」
「言ってなかったから。ククッ、じゃあな。おやすみ〜」
早々に背を見せて退室する。瞬間、ぶあっと顔が熱くなった。
これからは一緒に居られる。帰りを待つことがなくて、共に戦える。
こんなに嬉しいことはない。
奪い取ったペットボトルに口をつけたら、また胸が高鳴った。