□百万回ダメでも
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 小隊として地球侵略に向けての訓練や準備はあっという間の期間だった。
 ギロロ先輩とのやり取りは、周りから見て喧嘩と捉えられたらしい。実際ぶつかることは少なくなかったし、やり方や意見の相違も多かった。

 だからと言って先輩は苛立ちをずっと引きずらないし、俺を構わなくなるわけでもない。後々冷静さを取り戻した先輩からこっそり謝られる事もあったし、俺から折れることも多々あった。

 それらを周りには知られていないせいで、いつの間にか『犬猿の仲』だなんて言われたりしていたことに気付いた時はちょっと笑ってしまった。

 仲は悪くないんだぜ、これが俺たちなりの馴れ合い方なんだ。信頼し合ってるし、互いを理解してるんだ。


 そう、よくわからない余裕みたいなものがあった。


 ………だから、気付かなかった。


 目の前の先輩が顔を赤くしたり余裕を無くすその姿は、見たことがない。

 一人の、敵対すべき女戦士を前にして。

 あの人が、侵略する星の女一人でぐずぐずに崩れた。今まで見てきた先輩の背中が消え去ってしまうほど変わってしまった。

 肩を並べて戦えるとあんなに嬉しかったハズなのに、これはなんだ。


 理想が、敬意が、全部黒く塗り潰される。


 悲しい。哀しい。


 隣に居たのは俺だった。隣に居ろと言ったのは先輩だった。


 それがどうだ。連絡が途絶え、再会したときには俺をもう見てもいなかった。

 胸になにかが刺さったみたいに痛い。頭が動かない。先輩の行動が、言動がわからない。


 愛だの恋だの、どういうものか分からなかったから音楽を聴いた。先輩を理解しようと必死だった。
 今まで聴かない系統のそれは、愛を唄い恋を慈しむものだった。

 聴くほとんどの歌詞は、切ないだとか寂しいだとか、片想いばかり。ギロロ先輩はこういう気持ちなのかどうかと考えても、なんだか当てはまらないような気がして手当たり次第に聴いた。

 先輩のような歌を探すうちに、だんだん気付いてしまう。

 この歌のこの部分に共感出来るな、と思った時にハッとした。

 共感ってなんだ。どういうことだ。

 切ない。つらい。かなしい。寂しい。聴いている歌のほとんどの歌詞に、何故か共感してしまった。


 そんな馬鹿な、と思った。

 でも先輩を見て、それは確信に変わる。


 もやもやした。先輩が女の話になった途端に態度が変わることに。

 苦しくなった。先輩が女のために必死で何かを成そうとすることに。

 つらくなった。先輩が女と居て談笑をする姿を見たときに。

 寂しくなった。先輩が俺を見なくなって、名前を呼ぶ回数が減ったと気付いたときに。

 悲しくなった。先輩との会話が少なくなって、だんだん怒鳴られるだけになったことに気が付いたから。


 側に居なくなった。見てくれなくなった。先輩の中から俺は消えた。守ると言ってくれたあの約束も、先輩はきっと忘れてしまった。


 これらの感情を全てひっくり返して考えて、これが恋しいのだと知った。好きの感情を知った。

 ――そうして初めて、嗚咽混じりに涙まで流した。

 先輩と肩を並べて戦える、それが幸せで確かな望みだったのに。やっと隣に、近くにいられると思ってたのに。


 泣き腫らした顔で朝を迎えた。先輩をモニターで見ていたら胸が痛くて仕方無かった。


 伝わらない方が双方幸せなのだと、わかってしまった。

 俺は男だ。先輩も。恋愛は普通男女で成すものだ。子を残すために。

 報われない。気付かれたら、知られたら、嫌われてしまう。


 嫌われてしまわないように、これ以上俺が先輩から消えないように。


 先輩のために必死にメカを作った。女の為にと頼まれたことに胸が痛くて仕方無かったが、グッと堪えた。

 消えたくない。消さないで。俺を忘れないで。約束を、俺は覚えてるよ。守ると誓ったから、俺はあんたを守るから。どんなこともするよ。

 だってあんたが好きなんだ。

 好きで好きで、どうしようもないから、側にいたいんだ。


 汚れ役も、何でもやる。忘れないで。俺は居るよ。先輩の隣に居るよ。重たい感情だ、鬱陶しい感情だ。知られたら嫌われる。


 犬猿の仲、ってなんだっけ。あの時は笑ってたけど、今はその言葉にすがり付きたい。そんな言葉でもいいから俺と先輩を繋ぐ言葉が欲しい。

 でも先輩は、怒鳴ることもなくなった。会話がなくなった。必死に足掻く俺が滑稽なくらいに、先輩は俺を見なくなった。


 今は名前を呼ばれたくらいで泣きたくなるよ。嬉しくなるよ。

 好きの反対は無関心だと誰かが言った。だったら嫌われてもいいのかもしれないと、心が少し軽くなった。




 ――だから、忘れないで





 明くる日に、実験失敗で日向家長女から逃げるべくテントに駆け込んだ。


「…クルルか。どうした、珍しいなテントに来るなど。何か用事か?」

「いんや、ちょっと避難」

「避難?」


 何事だ、と問う目。日向家から長女の怒声。隊長の声も聞こえる。


「…今度は何をやらかしたんだ貴様ら」

「いや別に、ヒエラルキーを入れ換える的な実験の失敗。俺のこと守ってくれません?タダとは言わないぜェ」


 守って、みて。約束。ほら、ねえ。


「くだらん!さっさと出ていかんか!とばっちりは御免だ!」

「…………………」


 言葉も出ない。まあ、わかってた。わかってたさ。


「………守ってくれるって…約束、嘘だったんだな」

「は?」

「…じゃあな、先輩」


 そっとテントを出る。胸が苦しくて、思わず泣いた。



 ああ、一人で空回りして馬鹿みたいだ。
 でも無関心でいられるよりずっと、嫌われる方がましに思える。









 なぁ、あんたとの出逢いを何回繰返したら、



 俺の望む未来になるのかな






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