□今すぐ会いたい
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 ギロロのリクエスト通り、その日はカレーであった。急なギロロの遠征の報告に日向家の姉弟は激励してくれたし、小隊の面々も全員揃って、なんだかちょっとした見送り会のようでギロロも少し気恥ずかしいような、照れくさいような気持ちで苦笑をする。そこに、クルルが居たことはとても嬉しかった。

 スパイシーなカレーが各員に回ったのを確認して、ケロロは手を合わせて号令をかける。いただきます、と合わさった声に、これもしばらく聞けなくなるなとギロロは思った。

 隣には夏美が居て、見渡せば少し離れたところにクルルが居る。最近はこの距離感にも慣れたが、やはり今日くらいは隣にいて欲しい。目が合うと、クルルは苦笑を浮かべた。会話が出来る距離でも無いのがもどかしい。
 ギロロは自分の分のカレーとコップを手に、とうとう席を立ち上がった。
 急な移動に、全員がギロロを目で追いながらカレーを食べる。


「……タママ、悪いが席を替わってくれないか」
「タマ?……え、ボク、ですかぁ?」
「ああ」


 突然席替えを申し出られ、タママはもちろんその隣に居たクルルも驚いた顔をしてギロロを見る。
 そんなクルルをちらりと見た後、ギロロはタママをジッと見つめた。当然タママは元の席と此処とで何故席替えを申し込むのかが分からず思わずケロロの顔を見たが、ケロロすらも驚いた顔をしていてカレーを食べる手を止めている。ややあってケロロは、タママにぎこちなく頷いた。


「え、と……ナッチから遠くなりますけど?」
「だからなんだ?」
「…え、じゃあ、どうぞ…?」


 タママは戸惑いながらも席を譲り、ギロロはそこに礼を言いながらどかりと座り込む。
 謎の行動に一同首を傾げたが、そのうちに何事も無かったかのように食事を再開する様子を見て、ギロロはやっとカレーにスプーンを差し込んだ。

 隣のクルルは相変わらずギロロを見ている。


「……よかった、んすか?」
「は?」
「……だって、日向夏美としばらく会えなくなるぜぇ?」
「……だからなんなんだ。それを言ったらお前にだって会えなくなる」
「そ…れは………でも…」
「………」


 クルルの表情は、ギロロにはまだ読み取れない部分が多い。これはどんな顔なのかとか、どんな気持ちなのかとか。

 けれど何となく、今のクルルは泣きそうなのかもしれないと思った。

 ギロロはスプーンを持つ手を反対にして、こっそりクルルの手に自分の手を絡める。驚いたクルルがビクリと肩を揺らしたが、生憎誰も気付いていない。


「手、冷たいな」
「ク…!」
「早く食え。冷めるぞ」


 カレーを一口頬張る。日向家のカレーでもなく、友人であるケロロのカレーでもない味がして、ギロロはクルルを見た。


 真っ赤になって俯いているクルルの、カレーの味がしたのである。











 遠征先は戦争真っ只中であった。直ぐさまギロロは戦場を駆け回り、得意の狙撃で敵を蹴散らせ道を作った。地球でのだらけた空気とは違うピリピリとした空気。死線。ギロロの戦士としての血が沸き立って、赤い悪魔の異名のごとくそれは血を浴びるようにして戦場を震わせていた。
 我武者羅に敵を殲滅していく姿に、他の隊員も士気を高めたのだという報告を受けたのは、ギロロが加勢してから三週間後である今日のことであった。

 鎮圧した敵性種族の星は、徐々にケロン軍によって塗り替えられていく。今頃はケロン星でも制圧成功の速報が入っている頃だろう。

 戦いが終わって興奮を冷ました頃、ようやく心の緊張もほぐれて、ギロロはずっとろくに眠っていなかった身体をやっと休ませることにした。
 シャワーを浴びて、ゆっくりと身体を安いベッドに横たえる。

 ふと、地球の事が頭をよぎった。まともな連絡も入れることが無かったのだ、もしかしたら心配しているかもしれない。
 けれど今のこの時間、地球の時刻は夜中である。

 ひと眠りしてからの方が良いか、とギロロが眠ろうとしたときだ。


 ピピ、と電子音が聞こえた。通信機が点滅している。光り方、音の鳴り方で、ギロロの目はカッと冴えて飛び起き通信機を手に取った。


「此方スカル1ッ、クルルか!?」
『……ク、クク。そう。俺ですよ、先輩』
「…クルル…」
『元気そうかい?怪我は?』
「無事だ。…それより何か用か?今、そっちは夜中だろう?」


 クルルからの連絡に、ギロロは心を弾ませつつも冷静を取り繕うのに必死である。にやける顔をぐにぐにと揉みながら返答を待つと、クルルの少し言いにくそうに漏れる声を拾った。
 何かあったのか、と急にヒヤリとして顔をしかめる。


「クルル?」
『……………速報…入ったから………』
「速報?」
『…勝った、っつー…だから…あんたの無事、確認したくて……………あー、くそ、カッコ悪ぃ…ククッ』
「クルル…」
『……ほんとはよぉ、日向夏美の声、先に聞かせてやりたかったけど……』
「な、おい」
『…俺が、一番最初に聞きたくて。あんたの声、聞きたくてよ…』
「………!」
『…安心した。よかった。…ギロロ先輩…』


 どきどきと煩い心臓と熱くなる体温。眩暈がした。愛おしげに、震えた声で。

 ここに、今目の前にクルルがいたら!


「クルル」
『ん』
「好きだ」
『……ンッ、ク!?え、なん、すか急に』
「好きだ。もう無理だ耐えられん、貴様いい加減にしろ!」
『え、何』
「何でもかんでも夏美夏美と!ふざけるなよ!俺はお前が好きなんだ!お前の声が一番に聞きたいしお前の顔を一番に見たい!」
『え』
「お前じゃ無きゃ駄目なんだ!それなのに貴様は悉く俺を避けやがって!」
『せんぱ…』
「お前からのプレゼントだって俺が先に欲しいし俺のをお前に渡したい!お前の隣に座るのも俺だ!」
『ちょっ、と』
「俺はお前が一番で無いのは嫌だ!お前の一番も俺にしろ!」


 ぜいぜいと、肩を上下させながらギロロはありったけの言葉をぶつけた。子供のような駄々も捏ねたような気がするが、今のギロロには己の発言を反芻している冷静さはない。
 しばらく沈黙が続いて、それからギロロがぽつり、と呟く。


「……好きだ、クルル」
『……………俺、ここんとこずっと、寝れてなくてよぉ』
「は?」
『………先輩からの連絡、ガラにも無く待ってたんすよ、俺』
「…えっ」
『一番最初じゃなくてもいいから…先輩、連絡寄越さねえかなって………連絡する暇もねえの分かってんだけど……ずっと、心配してた、から…』
「クルル…」
『…………なあ先輩……………ほんとに俺で、いい?』


 不安げに揺れる声色だった。表情は見えないのに、何だか泣きそうに聞こえた。

 愛おしくてたまらなくて、ギロロの心臓は苦しくなって。


「……お前が良いんだ。クルル」
『…………』
「明日の…そうだな、地球の時間で夕方には帰還する。0番線のホームだ。………お前にだけ、来て欲しい」
『……ん』
「覚悟しろ、今まで我慢した分はきっちり返させて貰うからな」
『は、そりゃこっちの台詞っすよ。色々遠慮してやったんだから』
「それがそもそもおかしいと…」
『ギロロ先輩』
「なんだ」


 『だいすき』、と優しく囁かれた言葉に、ギロロは何も言えなくなった。












 駅のホームで見た久しぶりの顔に、どちらともなく笑いながら抱き合った。




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