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□今すぐ見たい
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少し肌寒い夜だった。夕食が済み、全員が揃ったギロロの見送り。激励の言葉が投げられる中で、クルルだけが黙ってギロロをじっと見つめていた。
言葉を掛けるべきだと分かってはいるのに言葉が出ない。いつものように嫌味や軽口すら出て来ず、ただ気持ちばかりが焦る。
これが、これが好いてくれるギロロとの最後の言葉かもしれないと思うと、恐くて何も言えずに見つめるしか出来なかった。
──食事中に握られた手のひらがまだ熱い。
ふ、とギロロはクルルを見つめた。目が合うといつもなら逸らされるクルルの目が困惑したままギロロを捉えている。
「……どうした?」
「クッ……いや、別に…、あ…いや、まあ、気を付けて」
「ああ」
クルルの言葉にギロロが嬉しそうに頷いたのを見て、クルルは自然と目を逸らしてしまう。
…他に何か、気の利いた言葉が言えれば良かったのに。
俯いたクルルの口から次の言葉が出る前に、ギロロは他の面々から話し掛けられクルルから意識を逸らしてしまった。
せめて、せめて今日くらい恋人らしい言葉を言えたなら。
「……待っ、てる」
最後の一言は掠れて、小声だった。聞こえなくてもいいそれは、クルルの最後の甘えだ。縋り付くように紡がれた言葉は、───ギロロにはしっかり聞こえていた。
驚いた顔をした後、嬉しそうな顔をしたギロロは満足げに頷くとソーサーに飛び乗る。
「行ってくる」
確かにそう、クルルの目を見てギロロは言った。
程なくしてギロロは暗闇にと消えていき、見送った面々もそれぞれその場を離れていく中で、クルルは最後までその星空を見上げていた。
「……待ってる」
たとえ気持ちが変わっていても、無事に帰ってくれればそれでいいから。
朝が来た。あまり眠れていない身体は少しばかり怠くて重い。
クルルは時計を確認して、それでも二時間は眠れたかとぼんやり思った。
ギロロを見送ってからここ数日間、クルルの夢見は最悪だった。
もともと夏美と仲むつまじくしているギロロの夢はよく見ていたが、最近ではそれにプラスしてギロロの訃報が届く夢なのである。
もちろんクルルはギロロが加勢した先で命を落とすとは思っていないし、ギロロの実力ならばこの任務も熟せるだろうと思っている。
それでも夢で見てしまうと、起きた後は目から涙がほとほとと零れ、心臓がばくばくと脈打っていた。
あまり長く睡眠時間をとると、こういう夢ばかり見るためクルルは日に日に睡眠時間が少なくなっていった。
日課となっているギロロのテント(今ではしっかり片付けられていてなにもない)の場所を監視カメラで写し目視確認、ギロロ本人から連絡が来ていないかの確認を済ませると、クルルは溜息をついた。
「(……連絡、ねぇなぁ…)」
便りが無いのは元気な証拠だと地球のことわざにはあるものの、クルルにとっては不安の種でしか無い。
毎日毎時間パソコンや通信機の構えを完璧にしているのだが、───しかしふと、クルルは目に映った赤い髪の日向家の長女を視界に入れたときに気が付いた。
もしかしたら彼女には連絡がいっているかもしれない。
それはそれで寂しくて悲しいものがあるが、それでも無事である確信が欲しかった。
「え?ギロロから連絡なんてきてないわよ?」
夏美に尋ねて帰ってきた返答はこれだった。
同じくリビングにいたケロロにも尋ねたが結果は同じ。何かあればすぐ連絡が来るようになってるから今のところ心配ないであります、と我らが隊長殿は呑気にお茶を飲んでいる。
クルルはそうかいと気にしてない振りをしながら、そそくさとラボに戻って定位置の椅子に座り込んだ。
──連絡、してみようか。
いやでも今この時に連絡をしたらきっと邪魔でしか無い。それは分かる。メールだけでも入れてみようかとフォームを立ち上げたが、「戦況は」との文字を打ったところで思い直して、そっと閉じた。
待ってる。待ってるから、早く帰って来いよ。
その日の夜中、クルルの元に流れてきたのはギロロが加勢したケロン軍の勝利の吉報であった。
ギロロとの通話を終えると、どっと心臓が跳ね上がって顔が熱くなった。無論、電話の最中も落ち着かなくて何を言ったのか曖昧だ。
一番で、良いと。一番であれと、彼はそう言った。
耳に残る心地よい低音が、何度も脳で再生される。
ず、と無意識に鼻をすすったときに、己が泣いていることに気が付いた。