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□ねっ、ちゅうしよう
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ひや、と額に乗せられた冷たいものに一気に意識が浮上したギロロは、ハッと目を見開いた。
じんと痺れる脳が、起き上がることを阻んでいるのか体があまり動かせない。
きょろ、と見渡した時に見えたのが己のテントの中だったので大した驚きは無かったが、それも束の間。
「熱中症にゃ気をつけろって、日向姉に言われたの忘れちまったのかい?」
「……!?」
聞こえた方に顔を向ければ、クルルはやれやれと大げさなリアクションをしてギロロの頬をつんつんとつつく。
あんぐりと口を開けたまま固まったギロロに首を傾げつつ、クルルは流れるようにギロロの腕を取って脈拍を測り始めた。
「…ちょいと早いな」
「……な、んでいるんだ」
「ク〜?おいおい、看病してやったのにその言い方はねえんじゃねェの」
「あ、え、いや、そういうつもりじゃなくてだな」
「ククク。監視モニターで日向家眺めてたら、いつまで経っても日陰にもいかず微動だにしねえあんたを見つけてなァ。ぶっ倒れるまでモアと観察してたんスよ。で、ほんとにぶっ倒れたから来てやったってワケだ」
「……」
「モアもさっきまで居たんだが、隊長に呼ばれてすっ飛んでっちまった。で、残された俺が手厚く看病ってわけだ。状況報告は以上。質問は?」
「……ない」
「そうかい。じゃあとりあえず水分補給だ。起きて飲んで、これで体冷やして寝ちまいな」
「…………もう行くのか」
「…なぁに、一人寝が寂しいって?」
にやにやと見下ろすクルルに、ほんの少しだけいらっとしたギロロだったが今は文句を言う気分でもなかった。
思っているより重症なのか、頭がぼんやりとする。こんな体たらく。
軍人の癖に俺は何を、と落ち込み始めたところで、クルルの冷たい手のひらがギロロの頬にぺたりと触れた。
驚いて視線だけで問えば、クルルは相変わらずにやにやと笑いながらぎゅうぎゅうに頬を手のひらで押しつぶしたり伸ばしたりしはじめる。
「おい」
「クークク…あっついなァ。俺の手、どーよ。冷たくてきもちーだろ」
「……ああ」
ぽつ、と問われた低い声色がやけに耳に心地いい。
クルルの体温がギロロの熱によってじんわりあたたまっていくのが、なんだか変な気分だ。
ふたりきりの空間は普段なら慣れないのに、今この時ばかりはもう少し触れたいとさえ思う。
それこそ、ギロロの方からクルルの頬に触って、その薄い唇に触れて、それから――…。
「……くふ、キスでもしてほしそーな顔」
「…!なっ、キッ…!?」
一瞬、思考を読まれたのかと焦るギロロをしり目に、クルルはくつくつと喉を鳴らして笑った。
してやらねーよ、と笑うクルルに、ギロロは真っ赤になりながら「あ、ああたりまえだ!」と叫ぶ。
ばくばくと鳴る心臓をどうにかごまかしたいギロロだったが、体はまだ思うように動いてくれない。
クルルは笑って、けれども何故だかゆっくり顔を近づけて、唇が触れそうなくらいの距離で「なァ」と囁く。
「……けど俺、さっきまで氷食ってたから、口の中も冷えてるんだぜ」
「…!?」
「…ククッ」
ギロロは、そろりとクルルの後頭部に手を回す。
力に逆らうことなく降りてきた唇は、確かにギロロのものとはちがってひんやりとしていた。
一度触れて、離れたそれを追って、追って、ギロロはクルルの口内に舌を滑らせる。
夢中になってキスを繰り返し、次第に体が動くようになったギロロがクルルを抱き込んで下敷きにした。
じわ、と赤くなっているクルルの眼元、頬。
二人の吐息と、キスの音。
とうにクルルの口内も冷たさを失って、まじりあう唾液がほんの少しクルルの口の端から伝う。
つい本能的にギロロの手がクルルの胸に触れたとき、ようやくクルルが制止をかけた。
「っは、あ…、クク、だーめ」
「……ッ、クルル」
「くく、たまんねー顔してんなァ。でも、頭に血ィ上り過ぎだぜ」
こつ、とクルルに額を小突かれてようやく、ギロロはカッと顔を赤らめた。
キスをしてしまった。それもがっつり。組み敷いて、クルルに静止されなかったら歯止めがきかずどこまで。
「ギロロ先輩、キス、うまいじゃん」
「…ッッッ!」
何でもないような顔で言うクルルから、飛び上がるようにして距離を取る。
心臓がバクバクと鳴っていて、顔も体も熱くて、まためまいがしそうだ。
ゆるりと上体を起こしたクルルはいつものように口元へと手をあてがい、クク、と喉を鳴らす。
「俺から誘ったんだから気にすんなよ」
「さ、さそっ、たって…」
「まあキスだけのつもりだったけど。まさかその先を望まれるとは思わなかったぜェ」
「…ッいや、その、それは…!」
「クーックック……ためしに今夜抱いてみるかい?案外相性良かったりするかもよ」
「!?」
さらり、と平然とした顔で言うクルルに、ギロロは思わず目を見開く。
何を言っているんだこいつは。何とも思わないのか。
キスをされても動揺ひとつ見せていない。誘ったのは自分だと言っているが、そもそも何故誘った?
もしかしてこれはクルルにとっては暇つぶしか、遊びの一種なのかもしれないと思った瞬間に、ギロロは湧き上がる怒りに拳を作っていた。
そんな遊びのような軽い気持ちでキスをして、あまつさえ手を出そうとしたわけではない。
ギロロの気持ちはもちろんクルルには伝えていないのだから、それが伝わっているわけではないにしろ、ギロロは怒り心頭だった。
遊びじゃないと怒鳴ろうにも、なら本気なのかと問われてしまえば肯定するしかない。
それによって距離を置かれる事の方がギロロには耐えられないから、怒りを発散させる場所に迷っている。
ややあって、ゆっくりクルルがギロロに近寄ってその拳に手を重ねた。
その手はまた、すっかり冷たくなっている。
「……なあ」
「…ッ、なんだ!」
「俺…あんただけっスよ」
「なにがだ!」
「こういうことすんのが。…意味、わかります?」
「…ぎ、ろ?」
「クク。…キス、嬉しかったって言ってんだけど」
す、と目元を赤らめたクルルが視線を下に逸らした。
クルルの手は冷えていて、すこしだけ震えている。
先輩は本能的にしちゃっただけかもしれねーけどさ、と呟いた言葉を聞いて、ギロロはまたじわじわと顔が熱くなっていくのを感じた。
怒りはすっかり沈下していて、拳からは力が抜ける。
しんとしたテントの中には、セミの鳴き声がしゃわしゃわと聞こえて、それからクルルが冷やすために持ってきていた氷がぱき、と割れる音がした。
ギロロの神経は今すべてクルルに注がれている。鈍い頭で考えて、ぎこちない動きで手を伸ばす。
頬は温かい。クルルの手の先は冷えているのに頬の温かさがなんだかアンバランスで、ギロロはなんだかそんなところさえ、愛おしいと思ってしまう。
目が合って、瞬間的にギロロはクルルにキスをした。
先ほどと違って勢いに任せたそれは少し歯が当たって痛かったが、何度も何度も唇を合わせては舌を絡ませ合うキス。
長く唇を合わせるだけのキスをした後でようやく、クルルが酸素を思い切り吸い込んだ。
「…っは、なに、まだ熱でやられてるんスか?」
「馬鹿言え。本気だ」
「……ふっ…クク、ククッ!そう。へえ」
「…おい、先に言うがこの期に及んで冗談だなんだのと言うのは勘弁しろよ」
「クク…あえてそうしたいのはやまやまだが…今回は空気読んでやりますかね」
ああでも、そう。あんたが俺をねえ?とくつくつ笑うクルルを抱き込んで、ギロロの熱い体温をクルルへと移していく。
腕の中にいるクルルがいとしくてたまらなくて、そんな事実にまた顔が熱くなるのをギロロは誤魔化すように咳払いした。
もぞ、と腕の中のクルルが身じろいで、ギロロと目を合わせる。
「クク。くーっくっく…積み重なって捨てられちまうばかりかと思ったが、そうじゃねえこともあるんだなあ」
クルルはほんの少し泣きそうに笑いながら、ギロロに甘えるようにして体重を預けた。
fin