詩・短編

□異常なほど愛しく想う
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夢を見ました。

よく分からない夢でした。


あたしの手首から先を切り落とされました。

左手でした。

真っ赤な血がすごく舞っていて噴水のようでした。

長い刃物でしょうか、

一瞬の出来事だったのでよく分かりません。

切り落としたのは男性でした。

長身で流れるように長い濃い銀色の長髪だったように思います。

その人は切り落としたあたしの手を握りました。

そして、これは短い刃物でしたが、それをあたしの掌に突き刺しました。

切り落とした手のはずなのにその光景を目の当たりにすると掌の痛みを感じるようでした。

ざくっ、っといって突き刺さった刃物はやがて、ぐじゃっ、っという音と共に引き抜かれました。

そしてもう一度…。

その男性はとても愉しそうでした。

あたしは泣いていました。

けれどそれは痛みからではありませんでした。

うれしかったのです、しあわせだったのです。

彼をどうしようもなく愛しく感じた気がします。

どうしてだかは分かりません。

彼はずっとあたしを支配していたのです。

あたしはいつも彼の命令に従って血生臭い、したくもない仕事をしていました。

あたしは彼の道具でしかないのです。

何人もいる中のひとりです。

彼は残酷で非道な方ですからあたしはいつだって彼のもとを逃げ出したかった。

そして遂に、あたしは空気の澄んだ夜に彼から離れたのです。

いくつもある道具の一つが欠けたところで彼はきっと気にしない。

あたしは自由になりました。

それなのに。

彼は追い掛けてきた。

いいえ、追い掛けてきてくださった。

そして、あたしは彼から逃げることなど出来ないのだということを見せ付けるようにあたしの左手を弄んでみせた。

これはただの思い上がりかもしれません、自惚れかもしれません。

けれどそう考えるととてもうれしかったのです。

自分から逃げ出したのにそんなことを思うのはおかしいです。

馬鹿げてるのは自分が一番よくわかっています。

けれどとてもしあわせだと思いました。


夢を見ました。

よく分からない夢でした。

不思議で、頭が狂うほどに愛しい夢でした…。




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