裏・小説部屋

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◇Summer◇

こんなに近くにいるのに、不安でたまらない。

学校帰り。夏に片足を突っ込んだ、じんわりと汗をかく蒸し暑さ。頭がぼんやりとして、思考に靄がかかる。かすむ視界。

「霄(そら)?」
「なに?」
惰性で進む足。ただぼんやりと、前に進む。

「いや・・・何か静かだなぁって思って。」
「うん・・・なんか疲れた。」
「最近暑いから。」
「ま、ね。」

それだけじゃないけど。・・・疲れてる原因。

「・・・ねぇ。」
「ん?」
「・・・・・・やっぱいい。」

言いかけてやめる。だって、こんなこと。口に出してみたところでどうしようもない。

「なんだよそれ。気になんじゃん。」

ふわりと笑う。その顔がスキ。
・・・絶対言ってやんねぇけど。
ふっと、視界が蔭る。

「・・・何?」

おれをのぞき込む瞳。

「へ?」
「いや。霄が俺の顔見つめてるから、さ。何かなぁって。」
「・・・見つめてないし。」
「あら?そーすか。」

特に突っ込むこともなく、すいと離れていく躯。
それがちょっと寂しいなんて。そんなこと思うわけないじゃん。

「・・・・・・俺はてっきり、見惚れてるのかと思ったよ。」

・・・ほらまたそうやって。
ばそっと呟くコトバ。
心臓がドキリと音をたてる。聞こえてるんじゃないかって思うくらい。

「ばか。」

無愛想に答えてみるけど、やっぱりそれも、どこか縋るみたいに響いてしまうのは・・・おれが、弱いからだろうか。

「・・・」

暁(あかつき)は何も答えない。
知らず、足先に落としていた視線。上げるタイミングが計れなくて、おれはつま先を見ながら歩く。
流れる静寂。
暑い。熱い。夏の風が吹き付ける。
あぁ。体が熱い。

「・・・霄。」

囁くように。名前を呼ばれた。

「霄。霄。そらそらそらそら。そーらーちゃんっ!」

いきなり元気になった暁の声。
楽しそうにおれの名前を連呼して、直後にきゅっと手を握られる。
どくん。
心臓が跳ねた。

「霄。」

勝手に止まった足。
暁が、俺の顔を覗き込む。
つないでいない方の手が、おれの目にかかる前髪を払った。
絡み合う視線。
熱い。熱い。熱い。

「すきだよ。」

・・・あぁ、もぅ。いちいちずるいんだよ、お前は。
いつだって。おれが何も言わなくても、先回りして、おれにできないことをさらりとこなしてしまう。

「大好き。」

どうしてそんな風に言えるんだよ。
笑ったままさ。余裕じゃんか。馬鹿やろう。

おれは、そういうのが不安。
おれはこんなに臆病で、我儘で。
一緒にいるの、大変じゃないのかな、とか。完璧すぎるこいつの前にいると、すっごい不安になる。
おれは、そんな風にスキって言えない。お前に、そのコトバをあげられない。
おれはお前の“スキ”で、こんなに幸せをもらってるのに。お前に何も返せない。

「・・・ごめん・・・」
「何で謝るの?」
「なんでも。」
「へぇ。」
「別に怒ってるわけじゃないんだし、いいじゃんか。」
「いや、でもやっぱ、なんで謝られてるのかわかんねぇってのも気持ち悪いもんよ。」
「あそ。」
「えー。ひっどー。冷たいっ。」

指先から伝わる、暁の体温。
熱い。熱い。痺れ。
軽い眩暈のような感覚に襲われる。

「そーらっ!!家までこのまんまで帰ろ。」
「え。嫌だよ。だれか見てるかもしんねぇじゃん。」
「いーじゃん。見せとけば。」
「えー。」
「俺の霄ちゃんです。だれにもあげませんって、ね。」

あーあ。
そんなに甘やかしたらさ、

「・・・そう言うこと言うと、一生誰にも貰われてやんねぇよ?」

温かい手。ぎゅぅっと握り返す。

「うん。誰にもやんねぇよ。」

熱い。暑い。
夏が来る。
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