Fly up to the sky

□第四話 静かな午後
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なんでだろうね。

君には

知ってて欲しいって、

そう、思ったんだ。






かな午後





あの時のことは、今でも時々夢に見るの。


「なまえー!!!」
「あ、蟹沢〜!!」
「………なによ、ソレ。」


私達の学年に遊びに来た蟹沢は、私の口にある白い物体を指差した。


「なにって、マスク。昨日恋次と…」
「はぁ!!?なまえ、カゼ引いたの!!?」


私が言い終わる前に、蟹沢は大声を出して、私の言葉を遮った。蟹沢とは、気が付いたら仲良くなってた。学年なんか関係なく、私と仲良くしてくれて、まるで、お姉ちゃんみたいな存在だった。


「熱は無いんだけど…喉が痛くて。…昨日、恋次と雨の中、稽古してたからだと思うんだけど…。」


私の答えに、信じられない。って顔をした蟹沢は、教室の窓側にいる恋次を見た。恋次は、楽しそうに吉良くんとじゃれてる。その様子を、怪訝な顔をしてみる蟹沢。


「…あいつは、ピンピンしてるじゃない。」
「きっと、恋次の身体のつくりが私達とは違うのよ。」
「でも、頭のレベルは一緒なんじゃないの??」
「はぁ!?」


チラリと見た蟹沢の顔は、いたずらっ子のよう。


「雨の日に稽古なんて、バカね。」
「なぁんですってぇ〜!!!?」
「あははははは!!!」


こうして蟹沢とふざけて、笑って。そんな日常が、私の当たり前だった。



「でもどうしたの??休み時間に来るなんて珍しいじゃん?」
「あぁ!!そうだった!!今度、なまえたちのクラス現世に実戦実習に行くでしょ?その引率に私たちも行く事になったの!!」
「え!!?本当!?……でも、"達"ってコトは、他にも誰かいるんじゃないの?」
「うん…まぁね。」
「あ、檜佐木くんとか?」



私が、にやりと笑ってからかうと、蟹沢は面白いくらいに、真っ赤になった。



「まぁ、実習当日は、蟹沢と檜佐木くんのラブラブっぷりを楽しみにしてるよ〜!」
「バカ!!!そんなんじゃないって、言ってるでしょ!!?」
「あはははは!蟹沢、照れてるぅ〜!」
「コラ!!なまえ!!!!」


二人の笑いを遮るかのように、授業開始の鐘が鳴って、蟹沢は手を振って、教室に戻っていった。でも、この時は、これが、蟹沢の笑顔を見る、最後になるなんて思ってもみなかったんだ。




実習当日のその日は、どんよりとした厚い雲が、太陽を隠してた。



「大丈夫だって!!おろしてよ恋次!!」
「バカヤロウ!!こんなに体熱くして、なに言ってやがる!!」
「ってか、私は米俵じゃないってば!!!」


あの日から、見事に風邪をこじらせた私は、バレないようにしてたのに、恋次に気付かれて強制的に救護室に向かわされていた。


「阿散井くんの言うとおりだよなまえちゃん。実習は今日だけじゃないし、休んだほうがいいよ。」


恋次の肩に担がれてる私から見た桃は、いつもよりさらに小さく見えた。


「桃…でも…。」
「でも、じゃねぇよ。実際立ってるのもフラフラしてるのに、こんな状態で戦っても、他のヤツに迷惑だろ!!?」
「う……」


優しい桃の言い方とは逆に、恋次は厳しい言葉を投げかける。つーかさ、そんな言い方しなくても良いじゃん。恋次のバカ…。そんな事を考えていると、今度は恋次の左側にいた吉良くんが口を開いた。


「阿散井くんも、みよじさんが心配なら、心配って素直に言えば良いのに。」


恋次が私を担いだまま、器用に、吉良くんの脇腹に蹴りをいれた。救護室について、ベッドの上にドサリとおろされる。そして、救護の先生に私を任せると、私に有無を言わさず、三人は慌てて戻っていった。ベッドに横になると、私の体が休息を求めていたと実感した。体が、鉛のように重い。思いのほか、熱もあったみたいで、救護の先生は氷枕を作りに部屋を出ていた。他の学年と一緒に実習に行くなんてめったに無いから…。蟹沢と一緒に行きたかったけど…今回の実習は諦めるしかなさそうだ。
あーあ。現世から帰ってきた蟹沢に、怒られる自分の姿が目に浮かぶ…。
私のため息を最後に、静寂に包まれる部屋。でも…


「……霊圧消して、何やってるんですか?先輩。」


私は、少し体を起して、隣りのベッドの足元の空間を見据えて言う。すると、その空間から小さなため息。


「さすがだな。」


そう言いながら、ゆっくりと彼、檜佐木修兵が立ち上がった。私に歩み寄る彼の顔は、悪びれた様子などなく。私が気づいた事を楽しんでいるようにも見えた。彼は、蟹沢の同期で、蟹沢の想い人。でも、私にとっては


「何の用ですか?」


あまり、関わりたくない人。


「蟹沢に聞いたけど、本当に風邪ひいたんだな。」
「……………。」


その表情からは、心配して来た。という事ではないと、安易に読み取る事が出来た。


「せっかく、みよじの実力を見るチャンスだったのにな。」


私に向けられる、挑発するような目。


「……そろそろ行ったほうが良いんじゃないですか?」


そんな挑発に乗るほど、私は子供じゃなし、大体、興味も無い。それが相手にも伝わるように、表情と態度に出した。


「あぁ、そうだな。じゃ、次回のお楽しみに取っといてやるよ。」



そう言い終えると、彼は、ひらりと窓から飛び降りた。私はため息をつきながら、彼が去っていった、窓を眺めた。


空は、灰色。






シトシトと、雨が降る気配で目が覚めた。いまいち焦点の合わない目で時計を見れば、恋次たちが現世に行ってから、4時間は過ぎていた。予定では、もうそろそろ帰って来る頃だ。そう思って、半身を起すと、あれだけ重かった体は、ウソみたいに軽くなっていた。ベッドから起き上がり、床に足を下ろす。ひんやりとした床の冷たさが、足の裏から伝わる。外を見れば、白い霧がかかったように、細い雨が降っていた。雨の音すら聞こえないくらい静かで。まるで、雨に音だけじゃなくて、人の気配すらもかき消されてしまったよう。とりあえず、先生にお礼を言って、教室で恋次たちを待とう。そう思って、ベッドのカーテンを開けた。でもそこには、いつもいるはずの先生の姿は無かった。するとその時、


バタン!!!


という扉の大きな音とともに、血相を変えた先生が、走りこんできた。


「……あ!!…みよじさん、起きたのね。」


私を見るなり、笑顔を取り繕う。


「はい。……先生、何かあったんですか?」


なんとなく、疑問に思って問いかけただけなのに…。声に出したとたん、妙な焦燥感が湧き上がる。今まで感じたことの無い嫌な胸騒ぎが、自分の感情とは無関係に体を支配していくのを感じた。



「…………。」



先生の言葉は声にならず、そのまま口を閉じた。そして、一瞬そらした瞳を、意を決したように、もう一度私に向ける。
先生は、泣きそうな、悔しそうな表情で私の両肩を、掴んだ。掴まれた両肩が、やけに熱い。先生は私の目を見たまま、自分自身を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐く。そして、静かな声で、信じられない言葉を口にした。

目の前が、真っ暗になった。心臓が、つぶれるんじゃないかと思うくらいに締め付けられて苦しいのに。息の仕方が分からなかった。自分が立っている足元すら、グラグラと、波をうって。自分がどこに立っているのかすら、分からなくなって。頭の中は、暗号のように同じ言葉を繰り返す。



ウソだ。


ウソダ。


うそだ。





学院の一番端の棟にある其処は、自分は訪れる事は無いだろうと、そう思っていた部屋。戦う上では、その部屋は無くてはならないのかもしれない。でも、自分が其処にいる姿も、友達が其処にいる姿も、私には、考えられなかった。だから…其処に向かっている自分が、信じられなかった。

扉の前。走ってきたこととは関係なしに、切れる息。波打つ心臓。それらとは対照的に、冷たく、震える手。扉の中には、信じたくない事実がある。できる事なら、悪い夢だと思いたい事実がある。でもね、ここで逃げたら、あなたはきっと、困ったように笑いながら、私をバカにするでしょう?堂々と会いに来なさいよ。って、私の頭を叩くでしょう?最後くらい、笑顔を見せてよ。って、泣きながら、笑うでしょう?
私は、吸い寄せられるように、扉をゆっくりと開けた。湿ったような、つめたい空気。無表情の、つめたい壁。寝ているような、つめたい蟹沢。私の意志とは関係なく震える手で、


「……蟹沢?」


白くなった蟹沢の頬に触れる。


「……冷た…。」


悪い冗談やめてよ。そう言いたいのに。
もう一度、風邪ひいた私を怒ってよ。そう言いたいのに。
もう一度、目を開けて、私を見てよ。そう、言いたいのに…。
蟹沢の冷たさが、私に現実を教える。


「……あっ…なまえ…。」


声がした扉を見れば、恋次の姿。冷め切った部屋。凍え切った私の心に、恋次の存在がほんのりと灯をともす。


「…お帰り、恋次。」


そういった私に、恋次は、痛そうな顔をした。そんな顔、しなくて良いのに。


「……阿散井と、……みよじ……?」


恋次の後ろから聞こえた声。その声を聞いたとたん、私の中で、何かが、悲鳴を上げた。恋次は、彼の顔に巻かれた包帯を見て、心配そうに話しかける。


ねぇ、どうしてよ。
ねぇ、


「………よ…。」
「……えっ!?」


床にガクンと膝を着いて振り向いた恋次の、驚いた顔が視界に入る。次の瞬間には、彼の叫ぶ声。


「っ阿散井!!みよじを抑えろ!!」


私の意志とは関係なく、上がる霊圧。感情任せに上がったそれは、一直線に彼、檜佐木修兵に向けられる。恋次に抑えられるより早く、私は彼の胸元を掴んだ。


「なんでよ!!!!なんで、あんたがいたのにっ!!!!」


蟹沢は、あんなに…あんなに好きだったのに…


「どうして、助けてくれなかったのよ!!!!!」


蟹沢の目は、もう二度と光りをうつすことはない。蟹沢の口は、もう二度と声を出す事はない。蟹沢の体は、もう二度と温かくならない。どんなに声を掛けても、どんなに体をさすっても、どんなに願っても…。


「やめろなまえ!!相手は先輩だぞ!!」


恋次が、後ろから私を止める。


「離してよ!!恋次っ!!!」
「バカ!!落ち着けよ!!」


恋次に抑えられた私に、


「………ごめん。」


彼の声が聞こえたと思ったら、腹部に来た衝撃とともに、私は意識を手放した。薄れる意識の中で、ベッドに横になったままの蟹沢の姿をとらえる。



ねぇ、お願いよ。


誰か、ウソだって言って。




to be continue




  

2006/0315


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