Fly up to the sky

□第五話 守りたいヒト
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本当に悲しいのは

泣きたいときに

泣けない事だと思うから



りたいヒト
恋次SIDE




今日の空は、あの日と同じ灰色。


「はぁ…」


オレの口からも、灰色のため息。今日は、なまえのクラスが現世に実習に行ってる。それを考えるだけで、授業なんて受けていられる状況じゃなかった。あの事件と同じような灰色の空。それはまるで、オレの拭いきれない不安をあざ笑うかのようだ。


「はぁ…」


教室の窓から見える空を見ながら、何度目になるか分からないため息をつくと、なまえの霊圧を感じた。………帰ってきたんだ。なまえが戻ってきた事に安心したと同時に、少し不安定なその霊圧に嫌な予感が脳裏をよぎる。少し横を見て、授業を受けている雛森を見れば、心配そうにオレを見ていた。

…雛森も気付いたな。

そう思った時。不安定だったなまえの霊圧は一瞬ひどく乱れて、消えた。それはオレに、例の事件を思い出させる。あの時のなまえは、見ているほうが辛いくらい壊れていたから。現世に実習に行ったことで、やっと取り戻した笑顔が消えてしまったら…?そう思ったら、いてもたってもいられなくなって。オレは、灰色の空に背を向けて、教室を飛び出した。過去の、あの事件を断ち切るように…。







あの日。現世での実戦実習も終了して、帰ろうとした時に、その事件は起きた。窮地に立たされたけど、藍染隊長と、市丸副隊長の応援のおかげでなんとか学院に戻ってくる事が出来た。オレは、強くなる決意を自分自信に誓って。でも、学院に足を踏み入れた瞬間に、浮かんだのはなまえの顔。蟹沢さんと楽しそうに話していたなまえの顔。もう、還らぬ人となってしまったあの人を見たときのなまえの気持ちを思うと、どうしても昔の自分と重ねてしまう。オレは、現世で負った傷の手当ても程ほどに、一番端にある安置棟へ急いだ。

薄暗い扉を開けると、そこにはもう既になまえの姿があった。蟹沢先輩が横になってるベッドの傍らに、立ち尽くしているなまえがいた。その後姿は、一瞬、声を掛けることを戸惑うくらい、細く、頼りなく見えた。きっと、泣いてると思った。泣き崩れているかと思っていたのに。


「…お帰り、恋次。」



振り向いたなまえは、にっこりと笑った。その笑顔は、瞬きをしたら消えてしまうんじゃないかと思うくらい、儚い笑顔だった。


なまえ…お前今、どんな顔して笑ってるのか、分かってるのかよ…。

そんな笑顔を見るくらいなら、泣いてくれていた方が良かった。だって、こんなにも…

「……カヤロ…」


胸が苦しい。なまえの、笑顔が苦しい。


「……無理して、笑ってんじゃねぇよ。」


押し殺したようなオレの声。胸の奥から湧き上がってくる感情を唇をかみ締め、手を握り締める事で抑える。

なぁ、なまえ…無理して笑ってほしいんじゃないんだ。泣いていいから。なまえがその人を大切にしてるって知ってたのに。なんで助けなかったんだって。オレを怒っても良いから。頼むから、その辛さをオレにも分けてくれよ…

オレとなまえの間に、暗い沈黙が流れる。その、沈黙を遮ったのは。


「……阿散井と……みよじ……?」


外の空気とともに入ってきた声の主は右目を中心に、痛々しい包帯をした檜佐木先輩だった。


「……傷は…どうだったんっすか?」
「あぁ、ちゃんと見てもらって…。」


先輩が言い終えるか終えないかの時、部屋全体にズシンと、大きな霊圧がのしかかった。あまりに一瞬の出来事で、無防備でいたオレはその場に膝を着いた。両手と膝で、なんとか自分の体を支えて、重力のように上からくる霊圧に耐える。閉め切られている部屋なのに、どこからか、なまぬるい風が吹く。

…何が…どうなってるんだよっ!!!


「っ阿散井!!みよじを抑えろ!!」


呆然としているオレに、檜佐木先輩の指示が飛ぶ。でも、オレが行動を起そうとしたとき、すごい早さで、何かが目の前を通り過ぎた。目で追えたのは、なまえの後姿。なまえはその速さのまま、あっという間に檜佐木先輩の胸元を掴んだ。


普段のなまえからは、想像もつかないくらい強い言葉、巨大な霊圧。その中にある、悲しみや怒り。言葉は檜佐木先輩を責めているはずなのに、なぜか、オレには、なまえが自分自身を責めてるように感じた。そしてオレは、巨大な霊圧に負けそうになりながらも、なんとか体を動かして、とにかく必死になまえを抑えた。


檜佐木先輩によって、なまえが気を失うと、部屋は、もとの静寂を取り戻していた。

なんだったんだよ…今のは…
本当に、なまえが?


体がきしむような、巨大な霊圧。それは、現世で感じた、隊長、副隊長の霊圧に似ていて。


「檜佐、木先輩…今のは…」


問いかけた自分の声は思っていた以上に震えていた。檜佐木先輩は、オレとオレの中で気を失っているなまえを交互に見て、ため息を一つ。


「オレが、護廷十三隊から声がかかったのは知ってるな?」
「はい。数年ぶりに、卒業前に入隊が決まってるって…。」


そう言っているオレに、歩み寄ってきた檜佐木先輩は、オレの腕の中にいるなまえの頬に、やさしく触れた。


「本当は、オレと、……みよじに、声がかかったんだ。」
「はっ……?」


想像もしていなかった答えに、息が漏れる。


「みよじは、今すぐにって話だったんだが、かたくなに断って、卒業後に入隊する事になったんだ。」


檜佐木先輩の口から出る言葉は、オレにとっては、どれも疑い深いものでしかなかった。だって…


「…そんなこと、一言も…」


なまえは、言ってないのに。吉良や、雛森だって。


「この学院で知ってるのは、校長とオレと、みよじだけだ。」
「なっ…!!!!」
「だから、決して誰にも言うな。」


そう言った檜佐木先輩の目は、これ以上、この話に触れるな。と言っているようだった。聞きたい事はたくさんあったけど、オレは


「わかりました。」



そう、言うしかなかった。




その後、気を失ったなまえを再び救護室に運んで。なまえが目を覚ましたのは、もう夜も更けた頃だった。


「…恋、次?……ここ…」


そう言いながら、なまえはゆっくりと上半身を起す。月明かりしかない部屋を不思議そうに見渡す。


「あぁ、救護室だよ。お前、ショックで倒れたんだぞ。」


オレの言葉に、なまえは瞳を曇らした。


「……ごめんね。」


俯いたなまえのその言葉にはいろんな意味が含まれてる気がしたけど



「付き添いくらいたいしたことねぇよ。遠慮するなんて、なまえらしくねぇだろ?」


オレは、そ知らぬふりをして、いつものように、笑って見せた。


「…恋次。……ありがとう。」


力なく笑ったなまえの頬を一筋の涙が伝う。月の光りを受けた涙はあまりにキレイで。月の雫って、こんな事を言うのかもしれない。と、ぼんやりと思った。そして、その涙を見て、ひどく安心する。


「ほら、こいよ。貸してやるから。」


オレは、冗談っぽく笑って、両手を広げて見せた。すると、


「……っ……」



張り詰めていた糸がぷつり、と切れたように。なまえは、オレの服を握り締め胸に顔を埋めて泣いた。







それから、あの時のことは、お互いに口にしていない。それでもオレは、なまえが笑っていてくれるならそれで良いと思った。なまえなら、いつか乗り越えてくれる。だからオレは、なまえを信じていようと決めたんだ。でも、授業中に感じたなまえの不安定な霊圧。一瞬乱れて消えた、なまえの霊圧はオレの、その決心すら揺るがすようなもので…。だけど、教室を飛び出して、霊圧を探って会いに行ったら、なまえは笑顔でオレを向かえた。その笑顔は、あの事件のときとは違っていて…。オレが恐れていたなまえは、其処にはいなかった。


「冬獅郎には、話さなきゃ、って思ってたから。」



決意を映した瞳。でも、本当は怖いんだろ?あの事件の日のことを、思い出すのは辛いんだろ?それさえも、乗り越えて、決意させてしまうほど、その雛森の幼馴染は大切なのか…?


「なまえちゃんの心の鍵を開けられるのは、シロちゃんだけだと思うから。」


雛森の言葉が、オレの心に刺さる。そうだ。オレに出来るのは、なまえを信じる事。なまえが、雛森の幼馴染に言おうと決心した、その心を信じる事。




『なまえなら、大丈夫だ。』



オレは、自分に言い聞かせるように呟くと手を強く握り締めた。







to be continue




  

2006/0607


 

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