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□E
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どんどんと鈍い振動が遠くから響いてくる。
「買う!」
「買いません」
秋祭りは夜が綺麗で面白いと思ったのは勿論自分たちだけでは無かったようで、隙間なく埋め尽くされた屋台から立ち上る湯気と人の活気に、衛はくらくらと目眩がしそうになる。
「いいじゃない飴くらい!ブドウ飴よブドウ飴!リンゴ飴みたいなブドウ飴!」
「だから遥、あなたそうやって買った飴を食べきった試しが無いでしょう、」
「あるわよ!」
「本当に?」
「………」
遥はぐ、と言葉に詰まる。そう言えば無いのだ。表面の薄い飴部分を舐めてそのまま、中の林檎部分はいつも残ってしまう。
「…分かりました。1本だけですからね」
衛は観念したように1本だけブドウ飴を買った。葡萄の粒がみっつ棒に刺さり、艶めく飴の中に閉じ込められていた。
それはそれは、宝石みたいにひっそりと佇んでいる。
「きれい」
遥は嬉しそうに言った。祭りで飴を買うと、彼女はいつも目を細めて懐かしそうに笑う。
「…で、衛はいつものように食べないのね?」
「ブドウ飴が余りますから」
「今回はちゃんと食べるわよっ」
残った真っ赤な林檎を、毎回衛は複雑な表情で食べる。林檎が嫌いな訳ではない。残り物だから、と遥は思っている。だったら捨てればいいものを、彼はいつも文句ひとつ言わずに食べる。
―あの赤色は、あなたが着けていた何時かの口紅の色に似ているのです
ブドウ飴を見事食べきった遥に、衛はぽつりとそう呟いた。
だから捨てられない。私はあの色を見ると、口付けたくて堪らなくなる。
山車の進む音が聴こえてきた。
それは規則的な振動なのか、違う、別の自分の心臓のものなのか、
遥にはまだ、分からなかった。
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