□F
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心地好いまどろみを2時間程感じてから不意に、微かに熱のある朝日と芳ばしく甘い香りにつられて目を覚ました。



衛は既に隣にはいない。音のする方を見ると声がした。少し掠れた、さらさらとした声だった。



「お早うございます」



きっちりとワイシャツを着用し、目の前のフライパンを危なげ無く操る。



「…もう起きてるの」



衛は朝が好きだと言った。始まるという感覚と、時間に追われる人々の様子を見ているのが好きだと。現に彼の寝坊など見たことが無いし、こうして一緒に寝ていても、必ず彼が先に起きた。


“朝はほんの一瞬しかない。だから私は溢さずにそれを味わいたい”



「………何作ってるの」



平日は嫌だけど、休みの日の朝は好きよと返した。こんなゆったりとした、波の様な空間とは考えれば一生に幾つ出合えるのかしらね、とも。




焼かれていたのはフレンチトーストだった。
牛乳と卵と砂糖の液体にパンを浸し、少し置いてからバターで焼いたものだ。



ぼんやりと黄色になったパンが音を立てて焼けていく。正面のカウンターに肘を置いてそれを眺める。小さな頃を思い出した。母が作ったものは今目の前のよりも一回り小さく、蜜とマーガリンをかけていた。たまにフランスパンのような固いパンに変わった。



「すっかり上手くなっちゃって」


「次は貴女が作ってくださいよ、遥」


「嫌よ、衛の美味しいんだからそれでいいでしょう?」



子供の頃に担任だった女性はフレンチトーストの存在を知らなかった。作り方を話すと、彼女は酷く嫌そうに顔をしかめた。そして、なんだか気持ち悪い、と言った。べちゃべちゃして気持ちが悪い。その言葉になんだかとても悲しくなった。フレンチトースト云々よりも、彼女が上品な感じの女性だったからかも知れない。分からないけれど、がっかりしたのを覚えている。




「2つずつでいいですね」


白く平べったい皿。たっぷりの蜂蜜は、幸せそのものだと思う。



「…なんだかすごく、朝らしい朝ね」


「そうですね」




外の空は薄い青だった。
今日は風の吹く日曜日だと聞いた。



───あたしは服も着けずにシーツを羽織って、とろけてしまいそうなそれをゆっくりと食べる。
そして、



「おはよう、衛」



珈琲を淹れる彼の背中に、囁く様な挨拶をした。





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2009/03

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