3
□F
1ページ/1ページ
心地好いまどろみを2時間程感じてから不意に、微かに熱のある朝日と芳ばしく甘い香りにつられて目を覚ました。
衛は既に隣にはいない。音のする方を見ると声がした。少し掠れた、さらさらとした声だった。
「お早うございます」
きっちりとワイシャツを着用し、目の前のフライパンを危なげ無く操る。
「…もう起きてるの」
衛は朝が好きだと言った。始まるという感覚と、時間に追われる人々の様子を見ているのが好きだと。現に彼の寝坊など見たことが無いし、こうして一緒に寝ていても、必ず彼が先に起きた。
“朝はほんの一瞬しかない。だから私は溢さずにそれを味わいたい”
「………何作ってるの」
平日は嫌だけど、休みの日の朝は好きよと返した。こんなゆったりとした、波の様な空間とは考えれば一生に幾つ出合えるのかしらね、とも。
焼かれていたのはフレンチトーストだった。
牛乳と卵と砂糖の液体にパンを浸し、少し置いてからバターで焼いたものだ。
ぼんやりと黄色になったパンが音を立てて焼けていく。正面のカウンターに肘を置いてそれを眺める。小さな頃を思い出した。母が作ったものは今目の前のよりも一回り小さく、蜜とマーガリンをかけていた。たまにフランスパンのような固いパンに変わった。
「すっかり上手くなっちゃって」
「次は貴女が作ってくださいよ、遥」
「嫌よ、衛の美味しいんだからそれでいいでしょう?」
子供の頃に担任だった女性はフレンチトーストの存在を知らなかった。作り方を話すと、彼女は酷く嫌そうに顔をしかめた。そして、なんだか気持ち悪い、と言った。べちゃべちゃして気持ちが悪い。その言葉になんだかとても悲しくなった。フレンチトースト云々よりも、彼女が上品な感じの女性だったからかも知れない。分からないけれど、がっかりしたのを覚えている。
「2つずつでいいですね」
白く平べったい皿。たっぷりの蜂蜜は、幸せそのものだと思う。
「…なんだかすごく、朝らしい朝ね」
「そうですね」
外の空は薄い青だった。
今日は風の吹く日曜日だと聞いた。
───あたしは服も着けずにシーツを羽織って、とろけてしまいそうなそれをゆっくりと食べる。
そして、
「おはよう、衛」
珈琲を淹れる彼の背中に、囁く様な挨拶をした。
─────────
2009/03
.