その他

□貴方と共に時を刻む
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初めて貴方と会った時のことを
今でもはっきりと覚えている。

まだあどけなさが残る貴方はケースに飾られた私達を長いこと眺めていた。

初めての給料なのだと誇らしげに店主に告げ、一生の物だからと熟慮して選んだのが私であったことが今でも誇らしい。

あの頃からずっと、
私はいつでも貴方の傍にいた。

悲しい時も、嬉しい時も、
貴方の苦悩を、貴方の幸福を、
私はこの身に深く深く刻んでいった。

時が流れて、毎朝の日課であった私のネジを巻くのは美しい人に代わり。
部屋には楽しげな笑いが満ちていた。
その温かさを私は嬉しく思った。
私は自らの仕事を怠ることなく、一つ一つの時を数えていった。

やがて小さな手が私に触れるようになって、その手が貴方と同じ大きさになる頃には貴方の手は深い年月を写していた。



そして今、その長い年月が解き放たれようとしている。



私の吸い込んだ貴方の全て。
貴方の涙、貴方の笑顔、貴方の汗が、
鮮やかな色彩となって貴方に降り注ぐ。

あぁ、主(アルジ)よ。私の主よ。
貴方の時はやがて貴方と共にあった者達の中に流れていくのだろう。
貴方が貰った優しさや温もりが、
小さな芽となってその心を育てたように、
今度はその人の心を育むのだろう。

今、貴方の肉体は時を終えようとしている。その横で、私もまた古びた針が止まろうとしている。
主(アルジ)よ。かけがえのない私の主よ。
今生を、貴方と過ごせた幸せに。


『ありがとう』


END.






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さぁ、何についてだったでしょう?

答えは"時計"です。

舞台は英国。昔のネジを自分で巻くようなやつです。
少しでもカントリーな気分に浸って頂ければ良いなと思います。
英国好きは『エマ』を読むんだ!!!


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