人魚姫|原作END

□微笑みを向けて
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「フェイ…」

少しでも、貴女の様子を知りたくて

貴女と王子が出会った砂浜へ訪れる


時折、聞こえる王子の声

あの子が声を失ったのは本当みたい

聞こえるのは王子の声だけ

岩影に隠れて聞く話の内容は、全て他愛もないことばかり

小さく届いた誰かの声

話を中断した王子は城へと戻ったみたい

海面に映るのは、海を覗き込むあの子の姿だけ


「何をしているの」

岩影から出て、少しきつめに言った言葉

驚き、見開かれた瞳はすぐに嬉しそうな笑みに変わる

「勝手に居なくなったら駄目だって、何回も言ったでしょう?」

私の言葉は、いつもと変わらない

「      」

変わったのは、…貴女


「人間の世界は楽しい?」

「王子は優しいの?」

「幸せなのね?」

私の言葉ひとつひとつに小さな頷きで返事を返す

「…間違いじゃ…なかったのね?」

小さな声の問い掛けに、心配そうな表情に変わる

「………」

ずっと、気になっていたのよ

何も知らない振りをしていた事

「…間違ってなかったのよね」

そっと頬に触れた指先

涙で揺らぐ瞳に私を映し

「      」

ゆっくりと声なく紡がれた言葉

「どうして、貴女が謝るの…?貴女は、人間になって…幸せ、なんでしょう」

"幸せなんでしょう"

…いいえ、違うわね

フェイが幸せだと…そう、思いたいの

私の我が侭でしかない願い

貴女を引き止めなかった事を
"間違っていない"と思いたいのよ

「幸せ…?」

あの子は涙を拭いて、柔らかな微笑みを浮かべ頷いた

「そう…それならいいの」


ふと、視界に入ったあの子が持っている淡い空色の包み

「フェイ…それは?」

少し恥ずかしそうに差し出された小さな包みを手に取り、深い藍色のリボンを解く

中に包まれていたのは、黒い色をした歪な形の…クッキー?よね…?

じっ…と観察していると掴まれた私の腕

あの子は顔を赤くして何か言っている

「…なぁに?」

うっすらと涙を浮かべ、懸命に何かを伝えようとしているけど…

「???(何かを訴えてる、というよりは…言い訳をしてるような…?)」

クッキーをひとつ手に取る

小さく砕ける音

口の中に広がる甘さと苦味、それと…粉っぽさ?

これは、とても…

「変わった味ね」

隠すことなく告げた私の感想と同時に、クッキーを取ろうと伸ばされた手を躱す

「貴女がコレを作ったの?」

冗談半分の言葉に小さく頷き、言い訳でもしてるのかしらね

視線を逸らして口を動かしている

貴女が初めて作ったクッキーは、おいしいと言えるものではないけれど

王子の為に、作ったんでしょう?

とても優しい味がするわ…でも

「…次は、変わった味のしないクッキーを作れるといいわね」

からかいを含んだ言葉に

少し赤くなって、困ったように笑う


「ねぇ、フェイ」

私はいつでも此処にいるから

貴女が来れる時でいいわ

また、会いに来て

…笑う貴女を見ていたいのよ

「次は…美味しいクッキーが食べられる事を期待しているわね」

また、会えると分かっているから

見送ることが出来るの


"行ってらっしゃい"


そう言わなかった事を後悔したけど

いま言うのは可笑しいかしら


貴女の隣に居られない事を寂しく思うけど

貴女が変わらず、笑っていてくれるなら


「行ってらっしゃい」


また、会いに来てくれるのなら

何度でも見送ってあげるわ


手作りのクッキーを持って

私の言葉にくるくると表情を変えて

貴女は傍で

笑っていてくれるでしょう?





20090605

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