人魚姫|原作END
□お前の声が聴きたい
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家臣達が慌ただしく動き回る
何もすることがなく、花嫁の支度を待つ間を部屋で過ごす
何度か顔を会わせたことがある程度、その女を妻に迎えると云う実感がない
コンコンッ…と小さなノック音、家臣達なら用件を告げる筈だ
扉を開くと、花嫁に劣らず着飾られた姿で恥ずかしそうに微笑む彼女が居た
あぁ…また、女中達に遊ばれたんだろう
心の中で答えを出し、部屋へ招き入れる
椅子を移動させて彼女を座らせ、向かい合うようにさっきまで座っていた寝台に腰掛ける
式が始まるまで
そう時間も掛からないだろうか…
彼女の右手を取り、手の甲に触れるだけのキスをする
不思議そうな表情は一瞬で赤く染まる
慌てるお前を可愛いと思う
こんなにも、「いとおしい」と…
「このまま、」
手を引き、腕に収まる小さな身体を抱きしめ、互いの額を合わせる
突然の事に驚きながらも、頬を染め恥ずかしそうに逸らした瞳を閉じ、俺の首に回された細い腕
首筋に顔を埋め、表情を隠してしまった
顔は見えなくても、髪から覗く赤くなった耳に安易に表情が想像出来る
抱き締めた身体はいつもより熱く感じた
「このまま…俺の傍に」
偽りなく伝えられた俺の言葉
少しだけ身体を離し
真っ直ぐに俺を見据えて
「 」
お前は応えた。伝えるために
声が出なくても開かれた淡い唇
俺の頬に添えられた両手
額を合わせ閉じられた瞳に、期待をしてもいいのだろうか
まだ薄く染まったままの頬に触れた
開かれた瞳、微かに色付いた唇を寄せる
触れる寸前だと云うのに、静かに見つめてくる瞳
「受け入れてくれるなら目を閉じてくれないか?」
駄目なら突き飛ばして構わないから、そう付け足し瞳を覗き込む
「よく分からない」そういった表情をして、それでも閉じられた瞳
再び近付いた唇を
「王子!式の用意が整いましたよ!」
遮ったのは家臣の声
もう、時間か
心で軽く舌打ちをして返事を返した
ふと、視界の端に捉えた彼女の表情は今にも泣きそうで…それでも、視線を合わせれば微笑み返すお前は
一体、何を隠している?
一瞬とはいえ、泣きそうな表情に見えたのは気のせいではないだろう
芽生えた違和感
普段の微笑みのまま、先を進む彼女
さっき俺が告げた言葉は彼女(人魚)に伝えようとしていたもの
何故、俺はお前に伝えた?
…お前は、なんて応えた?
答えを告げる声を持たないお前に
それでも、答えを求めるのは愚かな事か?
俺が抱いた想いは
「お前」と「彼女」
どちらへ向いているんだ
俺は、どちらを愛している?
20090512