人魚姫|原作END

□祈りの呼吸
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…イィー――

出来るだけ音を殺し開く扉

「………」

音は微かに響くだけ

「(最後は、ちゃんと…)」

「………」

静寂の中、起こさないように歩みを進め

ベッドの、王子の隣に

そっと自分の胸元で指を組んで

「(お別れを言わせて下さい)」

最後だから…伝わる事を願う

「………」

眠る王子の視界を塞ぎ、耳元に近づけた唇

「(…王子)」

毛先が彼に触れる

吐息に込めた願い

手の平に伝わる温度

「(さようなら)」

僅かに震えた呼吸、彼に伝わって仕舞わないように手を離して見つめる

眠る王子の表情

別れを終えて彼から離れ、扉で止まり、彼に小さく頭を下げた

「………」

…ッン―――

扉を閉めて、人を起こさないよう静かに、

私を呼ぶ歌声

向かう砂浜

「(ごめんなさい、姉さん)」

心の中、繰り返す言葉

もうすぐ、日が変わる時刻

ただ繰り返す言葉、滲む視界

「…ッ…ハァ……」

ドレスの裾で拭う雫

王子の結婚式が終わったのは何時間前だったのか、こんな時間まで別れを伝えられずに居た自分が情けない


王子、私は
ずっと貴方に甘えて居たんです



貴方の云う"彼女"のままでは足りなくて、側に居られるようになっても…

心は貴方に貪欲で

砂浜で緩めた速度、彼が来てくれると

「(お別れを言ったのに)」

祈るような願い

もう、間に合わないのに…


「(…王子)」

私の姿に歌を止め、優しく微笑む姉さん

切なくて、苦しくて、締め付けられる心



「…フェイ、おかえりなさい」



明るくも哀しみを含んだ暖かな言葉に続き


耳に届く砂を踏む音

「………」

ゆっくりと振り向き、視界に捉えた闇に溶け込む漆黒の髪
月明かりが照らし出す安堵の表情

「フェイ、よかった…」

嬉しさを宿した声、一歩縮まった距離
ここまで来てくれたことを、心の底から嬉しく思うけれど

「………、(来ないで!)」


もう間に合わないから、届かないと分かっていても叫んだ

別れの姿を見られたくないの


「フェイッ!?」



王子の声は海のざわめきにかき消された





20090910

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