人魚姫|未来END
□同じ時間を違う速度で
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空は快晴、波は穏やか
目の前には
「それで、アースさんに『頑張ったな』って、褒められたんです。そして」
当たり前のように王子の事を惚気ている、優しくて可愛い妹の姿
「いつもより長く、ぎゅーって抱き締められて、優しく『愛してる』って、言って…その、キスをして下さったんです」
「そう、それは良かったわね」
さらりと返す棒読みの言葉
それでも、嬉しそうな笑顔を向けるこの子に対して罪悪感がない訳じゃない。けど
「いつもお忙しいのに、私の事を気に掛けてくれて…アースさんは本当に、素敵な方なんですよ」
毎日毎日、王子の事ばかり聞かされる方の身にもなって欲しいわ
「優しくて…時々、子供っぽくて」
うっとりと細められている瞳の先に、王子の姿でも見えてるのかしらね
「…アースさん」
ほぅ…と小さいため息
少しずつ、少しずつ
この子の可愛さの中に育ち始めたもの
ついこの間まで文字を覚えたと喜んでいた
色々な物語の本を読んで来て教えてくれたり、持ってきて読み聞かせてくれたり
それが今では
「だから、少しでも早く、アースさんのお役に立てるようにしたいんです!」
散々惚気てくれた挙句、王子の為の意気込みを力強く語っている
なにが、「だから」なのかしら
王子には貴女を幸せにする責任があるわ
それは王子本人にもちゃんと伝えたはず
「そんなに頑張らなくてもいいんじゃないの?身体を壊してしまうわよ」
「いいえ、大丈夫です!それに家臣さんが
『陛下が三十路を迎えるのと、式を挙げるの…どちらが早いんでしょうね』
と、嘆いていたんです。…きっと、アースさんが式を挙げようと為さらないのは、私が未熟だからだと思うんです。…だから」
「フェイ…」
ごめんなさい、それは私のせいなの
貴女を妻に迎えたいのなら、私が認めるくらいの立派な王になりなさいと、彼に言ってしまったから
「だから、頑張らないと…いいえ、頑張りたいんです。私が、アースさんの為に」
真っ直ぐに向けられた瞳に嘘はない
貴女の意思の固さくらい知っているわ
我が侭とも頑固とも言える強い想いには、散々手を焼かされて来たから
「…ついこの間まで、子供だったのに」
私の後ろに隠れて泣いていたあの子は、ちゃんと一人で前を向いて生きていけるようになったのね
「…姉さん…?」
成長の差は、寿命の違いが原因かしら
貴女が前を向いて頑張っている事も、私にとっては過去の事になるのも遅くはないんでしょうね
その時も、私は何も変わらずにいる
「頑張りなさい。…貴女の、思うままに」
人間になった貴女と、人魚のままの私
同じ数ヶ月が与える影響は、決して同じなんかじゃないの
大きな、…差があるのよ
私と貴女は
もう、同じ時間の中を生きられないの
20100628