小説置き場
□choice
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「いくらで見てくれるんだ」
それはまるで、暗色の海に光る冷たい陽光。
*
馴染みの店で毎晩占いを営んでいる。
特に宣伝はしていない。
こちらから厄介事を抱えている人間に目をつけたり、人伝に噂を聞いて訪れてくれた人が客だ。
今夜は、三人占った。
一休みしようと気に入りのカクテルを頼んだフェイの元に、その男は話しかけてきた。
「ケース・バイ・ケースですね」
そう言って、フェイは微笑した。
そこには柔らかい気質が滲んでいる。
「値段は決めていないんです。結果を聞いて、あなたが納得する額を頂ければ結構です」
「気に食わなければ払わなくていいのか」
「そういう方もいますね。内容にもよりますし」
「運勢以外には何を見る?」
「そうですね…過去の記憶、相性、明日の天気」
「天気と運勢に同じ値段は付けられない、客任せ、という訳か」
男――店の常連仲間――と話すのは初めてだった。
怖いくらい整った美貌の男。
黒ずくめのスーツ。
謎めいた雰囲気が夜の店に良く似合う。
マスターと親しいらしいが、他の客とは一切関わろうとしないことで有名だ。
フェイに対してもこれまで無関心を貫いていたのに。
心中首を傾げていると、男の方からフェイの疑問を解決してくれた。
「なら、逆にそちらが決めることもできる訳だ。代金の為の嘘を告げることも?」
男は物騒な顔で嗤う。
挑発。
嘲り。
占いを求めてではなく、冷やかしか。
フェイは肩をすくめる。
「真実を曲げることはしません」
「保証が無いじゃないか」
「目に見えないものですから確かに信憑性は薄いです。その分、私は真実を大事にします。美しいとは限らない真実に立ち向かうように導きます」
侮辱を受けた怒りを見せるでも、冷たく突き放すでもなくフェイは答えた。
慣れているのだ。
対して男は眉を寄せ、若干つまらないというような表情。
「例え破滅であっても、堕落であっても、死であっても、正しく起こり得るならば私はそれを告げるまでのこと。疑われるなんて心外です」
「プロ意識、という奴か」
「ええ。だから、あなたの恐れる未来でも、きちんと教えて差し上げますよ」
「…オレは何も恐れていない」
否定の言葉。
しかし、一瞬の動揺と沈黙を伴ったそれは隠れ蓑だとフェイは見当をつけた。
およそ占いなんてものに興味を持たないであろう、街一番のクールビューティー。
彼が占い師の元を訪れたのは、彼の行く道に引っかかるものがあるからだろう。
人生における恐怖や不安、焦燥と占い師は特に隣同士の存在だ。
何より、憂いた男の顔を見ればフェイでなくても事情は察せられる。
それは囚われた人間の顔だ。
「予期していますね、望まないものを?」
「何の話だ」
「それはあなたの心の中にあるものですから今は分かりません。ただ、あなたは抱えるものがある。敏感なんです。そういう匂いを嗅ぎ分けて占いを勧めることもあるので」
「………なら占ってみろよ」
「あなたの未来を?お断りします。あなたがそれを望んでいないんですから」
男の問題はよほど深刻らしく、男自身が無視しようと努める類のもの。
ならば触れない。
求められるものに過不足なく与えることが占い師のルールだ。
その代わりに、と前置くと、フェイは見慣れた無表情に戻ってしまった男に席を勧めた。
バーテンダーに頼んで拵えてもらう、二つのカクテルグラス。
「ちょっとした先読みをお見せしましょう」
フェイはハンドバッグから紙で小さく包まれた粉を取り出した。
包みは二つ。
カクテルにさらさらと落とす。
金粉を溶かしたような琥珀の液体に、白い粉は何も変化をもたらさずに融けていく。
「今入れたのは片方が砂糖、もう片方は外れです。どちらか一つ選んでみて下さい」
「外れ?」
「薬です。喉を潰して、声が無くなる薬」