小説置き場

□choice
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フェイは何でもないことのように言いながら、それぞれのマドラーで粉が残らぬようにかき混ぜた。
仕草や言葉に魅入らせる色をつけることは忘れない。
男の視線が手元に集中しているのが分かる。
トリックを見逃すまいとしているのだろうが、実は、もう仕込みは終わっている。
フェイは少し高い所にある相手の顔をまっすぐに見据えた。



「残った方は私が頂きます。私の先読みが正しければ、あなたは一口でむせて咳き込む。間違っていれば…………私が死ぬでしょう」



死ぬ、という単語に男は顔を上げる。
そこにあるのはまだ少女と言っても差し支えないような――だが、何世紀も世界を渡り歩いたかのように達観としている、女の顔。
最初に向けられた優しい笑顔とはまた別の深い微笑を浮かべている。
まるで全てを知っているとでもいうような。
小さき者を試しているかのような。



「死ぬことはなくても痛い目を見る………あなたからすれば賭け金が高いでしょうけど私は乗りますよ。商売の沽券に懸けて、ね」



細く白い指がグラスの縁を弾く。


軽やかな金属音。


絡み合う、金と紫の視線。





「――――いいだろう」



女の瞳に誘われたのは、男の意地か本能だったのだろうか。
男は向かって右側のグラスに手を伸ばす。
数秒遅れてフェイは左を。



「乾杯します?」
「何に対してだ」





鋭く低いテノールが不機嫌そうに答え、グラスの縁を吸い寄せる。



本当の毒か。


否、ただのはったりだろう。


確率二分の一の勝負で自分に危険が及ぶ勝負をするものか、しかも、こんな急ごしらえの勝負で。




考えているとしたら、そんなところか。










「――――っぐ……!!!」


だんっ。
げほげほ。

硬質の音と大きく咳き込む音がバーの静かな空気を裂いた。
男は長身を折り曲げて、縋りつくようにテーブルに両手をつく。
カクテルは落とされることなくテーブルの上。
最初の音はグラスを置いた音だ。
客の数人が、何事かとこちらを見ている。

くすくす。くすくす。
堪え切れない笑い声を洩らしているのは……小さな占い師。
ぎろり、と鋭い双眸がそれを睨む。


「…お前………」
「私の勝ちですね」
「何を入れた?」
「強烈に苦い、ただの風邪薬です」


仕組まれたことが余程悔しいのか、男の眉間には深い皺が刻まれている。


「言っておきますが、先読みは嘘じゃないですよ」


そういうと、フェイは涼しい顔で自分のカクテルを飲み干す。
片方は砂糖、片方は外れ。
そして男は外れのグラスを選んだのだ。
読みは当たっている。


「性格の悪い冷やかし屋さんに、ちょっとした悪戯です」


笑い声を収める。
ずれたストールを直すと、フェイはスツールから立ち上がった。


「これと私が飲んだ分のお勘定、お願いしますね。今日のお代代わりに」
「……随分高いじゃないか」
「そうですか?安くないアドバイスだと思いますけど」


控えめなデザインの靴の踵を鳴らして、占い師は店の扉を開く。
振り返って男に微笑する。



「“美しいとは限らない真実にも立ち向かう”。頑張って下さい」



ぱたん。


最後に向けられた笑顔は、やっぱり優しく柔らかい、好ましい少女のもの。
それに毒気を抜かれたのか。
男は暫く呆気に取られた後、小さく溜め息をついた。



***20100821
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