小説置き場

□それでも、愛しい彼女。
1ページ/1ページ



「そうだ。…ねぇフェイ、新作の試食してもらってもいいかな?」

「フェイ、時間はあるか?お前に試着して欲しい服があるんだが」

「え…?えぇと、あの…」


両隣にアースとキリクが居るという、第3者からしたら羨ましく見えるかもしれない光景。だが、実際に2人に挟まれているフェイは恥ずかしさに頬を染め、困惑を交えた複雑な表情をしている


(何故こんな事になっているんでしょう)


そっと2人を盗み見る

視線に気付き、フェイに向けられる眼差しは優しい。だが、それが互いに絡み合うと火花を散らす勢いで、間にいるフェイは心中で深いため息を吐いた


「試着は後でもいいんじゃない。まだ仕立ての仕事終わってないんでしょ?」

「さっき昼食を食ったばかりだろう。食い過ぎは身体に悪いんじゃないか?」


キリクは冷ややかに、アースは低く苛立ちを込めて静かに言い争いを続ける

2人の目的は『フェイと一緒に居る』という至極単純なものだが、ただ一緒に居るのではなく『2人きりで』という思いが争いの原因になっていた


(どうしたらいいんでしょうか…)


2人の間で、フェイはおろおろと様子を見守っていた

止めようにも、そもそもフェイには2人が争っている原因が分からない
ましてや自分の取り合いが原因だなんて思う訳もなく


「私でなくてもいいんじゃないですか?」

「え?」「は?」


彼女なりに考えて出された答え
その言葉に2人は同時に反応を返した


「だって、キリクさんが作ったものを私だけが頂くのは勿体ないですし、アースさんの服だって他の方に見てもらいたいです」


2人にとってはフェイの為に作ったものだけれど、フェイにとっては自分ばかりが良い思いをしていると、つい遠慮してしまうこと


アースとキリクは顔を見合せ、思案する

フェイに喜んで欲しい、だから、その為に作ったもので困らせたくはない


そうは思うけれど、納得はいかない


「…アースは甘いものが苦手でしょ?それなのに勧めるの?」

「あ!そうでした、…無理はダメですね」


キリクの言葉にフェイが納得する
次いで、それを面白くなさそうに見ていたアースも口を開いた


「お前に気に入られて始めて完成するんだ、未完成のものは見せたくないんだが」

「…そうなんですか?じゃあ、私じゃないとダメなんですよね…」


諦めきれない2人の言葉に、フェイも口元に指を添え、小首を傾げる


(どうして私なんでしょう?)


未だにその答えだけが見つからない

キリクから試食を頼まれるのも、アースから服を貰うのも、珍しい事ではない
むしろ日常茶飯事ともいえる程だった



しばらく色々な考えが頭を巡ったが、やがてある答えに辿り着いた


どうしても自分でなければならない理由

それは難しく考える必要などなかった


「では先に試食をして、その後で試着をするというのはどうでしょう?これなら、キリクさんとアースさん、両方と2人きりになれますよ?」


彼女の至った答えを知らない2人はしばし呆然とフェイを見ていた

「両方と2人きり」をどういう意味で使っているのか、キリクはアースの手を引き、声を潜めた


「…ねぇ、フェイはどう考えてこういう答えを出したんだと思う?」

「また盛大な勘違いをしてるんだろう」

「だよね…」


そんな2人を不思議そうに見つめながら「逆でもいいですよ?」とフェイは1人、のほほんと微笑んでいた

何を思っての発言なのか、ともかく、今の彼女は何を言っても違う意味で捉えてしまうだろう


結局フェイの提案通り、それぞれ2人きりで過ごす時間を得ることにしたが、互いに彼女との仲が進展することもなく、天然思考に振り回されただけで終わってしまった


後に「鈍いにも程がある」と、どこか遠い目をしながら話す2人が目撃されたとか





(ところで、お2人は何か私に相談事があったから、私と2人きりになりたかったのではないんですか?)

(…そうだね、恋愛相談でも大丈夫かな)

(俺も頼む。どうしても進展しなくてな)

(はい、なんでも相談して下さい)





20110115

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ