小説置き場
□それでも、愛しい彼女。
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「そうだ。…ねぇフェイ、新作の試食してもらってもいいかな?」
「フェイ、時間はあるか?お前に試着して欲しい服があるんだが」
「え…?えぇと、あの…」
両隣にアースとキリクが居るという、第3者からしたら羨ましく見えるかもしれない光景。だが、実際に2人に挟まれているフェイは恥ずかしさに頬を染め、困惑を交えた複雑な表情をしている
(何故こんな事になっているんでしょう)
そっと2人を盗み見る
視線に気付き、フェイに向けられる眼差しは優しい。だが、それが互いに絡み合うと火花を散らす勢いで、間にいるフェイは心中で深いため息を吐いた
「試着は後でもいいんじゃない。まだ仕立ての仕事終わってないんでしょ?」
「さっき昼食を食ったばかりだろう。食い過ぎは身体に悪いんじゃないか?」
キリクは冷ややかに、アースは低く苛立ちを込めて静かに言い争いを続ける
2人の目的は『フェイと一緒に居る』という至極単純なものだが、ただ一緒に居るのではなく『2人きりで』という思いが争いの原因になっていた
(どうしたらいいんでしょうか…)
2人の間で、フェイはおろおろと様子を見守っていた
止めようにも、そもそもフェイには2人が争っている原因が分からない
ましてや自分の取り合いが原因だなんて思う訳もなく
「私でなくてもいいんじゃないですか?」
「え?」「は?」
彼女なりに考えて出された答え
その言葉に2人は同時に反応を返した
「だって、キリクさんが作ったものを私だけが頂くのは勿体ないですし、アースさんの服だって他の方に見てもらいたいです」
2人にとってはフェイの為に作ったものだけれど、フェイにとっては自分ばかりが良い思いをしていると、つい遠慮してしまうこと
アースとキリクは顔を見合せ、思案する
フェイに喜んで欲しい、だから、その為に作ったもので困らせたくはない
そうは思うけれど、納得はいかない
「…アースは甘いものが苦手でしょ?それなのに勧めるの?」
「あ!そうでした、…無理はダメですね」
キリクの言葉にフェイが納得する
次いで、それを面白くなさそうに見ていたアースも口を開いた
「お前に気に入られて始めて完成するんだ、未完成のものは見せたくないんだが」
「…そうなんですか?じゃあ、私じゃないとダメなんですよね…」
諦めきれない2人の言葉に、フェイも口元に指を添え、小首を傾げる
(どうして私なんでしょう?)
未だにその答えだけが見つからない
キリクから試食を頼まれるのも、アースから服を貰うのも、珍しい事ではない
むしろ日常茶飯事ともいえる程だった
しばらく色々な考えが頭を巡ったが、やがてある答えに辿り着いた
どうしても自分でなければならない理由
それは難しく考える必要などなかった
「では先に試食をして、その後で試着をするというのはどうでしょう?これなら、キリクさんとアースさん、両方と2人きりになれますよ?」
彼女の至った答えを知らない2人はしばし呆然とフェイを見ていた
「両方と2人きり」をどういう意味で使っているのか、キリクはアースの手を引き、声を潜めた
「…ねぇ、フェイはどう考えてこういう答えを出したんだと思う?」
「また盛大な勘違いをしてるんだろう」
「だよね…」
そんな2人を不思議そうに見つめながら「逆でもいいですよ?」とフェイは1人、のほほんと微笑んでいた
何を思っての発言なのか、ともかく、今の彼女は何を言っても違う意味で捉えてしまうだろう
結局フェイの提案通り、それぞれ2人きりで過ごす時間を得ることにしたが、互いに彼女との仲が進展することもなく、天然思考に振り回されただけで終わってしまった
後に「鈍いにも程がある」と、どこか遠い目をしながら話す2人が目撃されたとか
(ところで、お2人は何か私に相談事があったから、私と2人きりになりたかったのではないんですか?)
(…そうだね、恋愛相談でも大丈夫かな)
(俺も頼む。どうしても進展しなくてな)
(はい、なんでも相談して下さい)
20110115