小説置き場

□ほんの些細な悪戯心
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「アースさん、お風呂空きまし…」

たよ。そう続くはずだった言葉は、ソファで瞳を閉じているアースを視界に捉えると同時に飲み込まれた


そっと近付いて、顔を覗き込む

逆光で分かりづらいが、顔色は悪くない
体調を崩している訳ではないと、フェイは小さく息をついた

「アースさん。こんなところで寝ていたら、風邪を引きますよ」

「…んー…?っ〜〜…」


肩に手を添えて軽く揺さぶるが、返されたのは言葉に成らなかったもの

起きる様子のないアースに、「何か掛けるものを」と、部屋に戻ろうとして、ふと、フェイはある悪戯を思い付く


(…寝ていますよね?)


もう一度、顔を覗き込んで眠っている事を確認すると、隣に座り、頭を預け寄り添う

フェイの顔が羞恥に赤く染まる
だが、起きた時にどんな反応をするのか、その事ばかりが気になって

(いつ起きるんでしょう)


子供のような悪戯と好奇心で高鳴る心


起こさないように、腕に抱きついて

起こさないように、頬を擦り寄せて

起こさないように、でも、反応が欲しくて


(まだ起きないかな…?)


少しずつエスカレートする悪戯

頬に触れ、自分の方を向かせ、顔を寄せる


普段なら、しないこと



手が震える



ぎゅっと、腕を抱きしめる手に力が入る


触れる。そう思った瞬間

「…いつから寝込みを襲うようになった?」

「ふぇ…??あ、アー…ス、さっ…!」


間近で聞こえた声

思わず瞳を開くと、さっきまで寝ていたはずのアースが意地悪な笑みを浮かべていた


「お前から積極的に誘ってくる日が来るとは、夢にも思わなかったなぁ」

「違っ…その、これは…っ!」

「今から言い訳を聞く気はないぞ」

背中に回された腕に、身の危険を感じる

細められた金の瞳は危うく、気を抜けば、彼のペースに飲まれてしまいそうで


「言い訳じゃ…っ私、本当にそんな…っ」

慌ててアースから逃れようとしても、回された腕がそれを許さない

それどころか、

「こんなもんか」

「え…?ちょっ!?アースさん!!?何して、…っ外してください!!」

フェイが肩に掛けていたタオルを使い、彼女の細い両腕を背中で拘束してしまった

突然の事に困惑しながらも、タオルを外そうとする彼女を抱き上げて


「部屋に行ったら外してやる」

誰もが容易に心を奪われるような笑顔で、心底楽しそうにそんなことを言うアースとは逆に

「い、いいですっ!自分で解きますからぁ!下ろしてっ…!!」

赤くなればいいのか、青くなればいいのか
不自由な体制ながらも、フェイは必死になって抵抗を続けている


「…フェイ(そう簡単には解けないようにしてあるが)部屋に着くまでに外せたら、なにもしないで解放してやるぞ」

「…本当、ですか…?」

突然足を止めたアースが告げた唐突な提案に、フェイは抵抗を止めて聞き返す

「あぁ、一切手を出さない」

はっきりと断言された事に安心して、タオルを解く事に集中しようとする
だが、ある疑問がフェイの動きを止めた


「………もし、解けなかったら?」

その言葉に、アースの表情が変わる

「覚悟しておけ」

返答はそれのみだった
けるど、すぅ…と細められた瞳と、笑みを型どる口元が明確な答えを示した


「…っ、……ぁ…!」

ろくな目に遭わない
アースの表情にソレを悟り、急いで拘束を解こうとするも、焦りのあまり腕が思い通りに動いてくれない


部屋までの距離は、あと数歩


「フェイ、大人しく覚悟を決めろ」


「…ゃ、…アースさん」


扉の前で優しく声を掛ける彼に、ふるふると涙目で訴えるも、彼女の願いは届かず


無情にも部屋の扉は開かれたのだった





20100801

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