小説置き場

□"The warmth of the sun felt good."
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「こんなところで寝てたら風邪を引きますよ」
まだ半覚醒の頭の上からフェイの優しい声が降ってくる。
渋々瞼を持ち上げる。
ソファの感触と、リビングの天井と、窓から漏れる午後の光と、フェイの顔を認識する。
ここまで来ると意識は完全に起きてしまう。
オレは寝つきが悪いから二度寝の習慣がない。もう少し寝ていたかったのに。
「寝るなら部屋へ行かないと」
「…」
「アースさんてば!」
「分かってる……起きてるよ…」
例え起きる気がなくても返事はしなくてはいけない。
可愛らしく眉尻を下げていても油断してはいけない相手だ。
乱暴にオレの肩を揺さぶっている手は、そのうちビンタを発動させる可能性だってあるのだ。
フェイのビンタはとても痛い。
ふと思い出して「お帰り」と言ってみた。フェイはにっこり笑って「ただいま」と言う。漸く慣れてきた、挨拶の習慣。
「他の奴らは?」
「もうすぐ帰ってきますよ」
「そうか……」
「お留守番、ありがとうございました」
礼を言われることはしていないのでオレは答えなかった。
総出で買い出しに行くという子供連中を見送って、そのままソファで眠っていただけだ。
頭を優先して寝かせた結果、膝下はヘッドレストを飛びえて宙ぶらりんになっている。我ながらよくこんな所で眠れたものだ。
「昨夜は眠れなかったのですか?」とフェイが問う。
「まあまあ」とオレは答える。
ジェノスと決別して相当の時間が過ぎていた。
永久凍土のアークエンドからも、神と名乗った男からも遠く離れて、オレはとある国で暮らしている。
暮らしていると言っても、ほぼ廃人寸前だったオレをマクモやフェイが引っ張って連れて来てくれただけだ。
気がついた時には温かいベッドにいて、フェイの手厚い介護を受けていた。
最初はある種の達成感が雲一つない快晴の空のように頭上を支配していて、何もする気が起きなかったけれど。
今ではマクモと会話を交わすことだって出来る。なんとか”まとも”の隅っこに立っていられる。
フェイが手伝ってくれて、オレは以前に比べれば格段に眠るようになった。
ほんの時たま病がぶり返すだけで生活に支障はない。昨夜もそこそこの休息は確保した。
もう何も心配することはないのだ。なのに、オレの近くに跪いたフェイは心配そうに言った。
「そんな…呼んで下されば良かったのに……」
「……オレの部屋に?」
「ええ。何かお手伝いできたかもしれないでしょう?」
「…………」
”夜中に妙齢の女性が男の部屋に来たらどうなるのか”という種類の発想は彼女の中にないのだろうか?
オレは何だか可笑しくなってしまった。
まるで親子のようだ、と思った。彼女が母でオレは小さな息子。
フェイは今、純粋にオレのことを一人の人間として見ている。
だから下世話な想像などないのだ。
困っている白い顔を見ると少なからず後悔が生まれた。
二度とフェイの心を痛めるような真似はしないと決めているのに。こんな小さなことで煩わせてどうする?
お前もお前だ。
オレのことを甘やかしすぎる。
”今とは違う名前”で呼ばれていた時からお前は優しすぎる。
 
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