小説置き場

□"The warmth of the sun felt good."
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「何か欲しいものはありますか?飲み物とか…今夜お部屋に持ってきます」
「………そう、だな」
お前が俺を甘やかすから悪いんだ。
二度とフェイの心を痛めるような真似はしないと決めているのに。こんな小さなことで煩わせてどうする?
「ちょっと、こっちに来てくれるか」
だからオレは、聖母の如く微笑みかけるお前を見ているとどうしても甘えたくなってしまう。
頭の上に?を浮かべたフェイが上半身を屈めてくれた。
タイミングを見計らって、素早く体を動かす。
こういうことになれば疾風になるのが男ってものだ。
「きゃっ…!!!あ、あ、アースさん、何するんですか!!」
「んー……」
オレはフェイの腕を掴んで強引に引っ張った。フェイは何も身構えていなかったから重力に従って倒れ込んだ。
結果、オレの上半身にフェイの上半身が垂直少し斜めに覆い被さる状態になった。
空いた片手を華奢な頭蓋骨に引っかける。逃げられないように。
ちょうど目の前にフェイのこめかみがあったので、オレはそこに唇を押し当てて深く息を吸った。
びくっと顔の皮膚が引き攣って、フェイの体全体が強張る。声にならない声が喉の奥から漏れている。
脈が速い。頬が紅潮して愛しい熱を帯びてくる。
癖のある短い髪からは日向の匂いがして太陽のぬくもりが残っているようだった。
ああ、もう春なのだ。
オレもそろそろ外へ出るようにしなければと思った。
一番力があるのだから、家事手伝いでも大工の下働きでもすればいい。
買い出しの荷物持ちもしよう。
仕事もしなければ。
何でも出来る。この温もりが与えてくれた未来は無限に広がっている。
「いい匂いがする」
「なっ……にを…!」
「女って不思議だなぁ。痩せてても柔らかいし、すべすべしてるし」
「ひゃあぁ!ど、どこを触って……!」
フェイが嫌がって身を捩る。涙目になって必死で抵抗する姿にも口元が緩んでしまう。
本当に、お前はオレに色々と与えすぎだよ。
視線がぶつかる。
フェイは眉を吊り上げて今にも怒鳴りそうな表情をしていた。
それがオレの顔を見るなり目を見開いて戸惑いを形作った。
多分、オレが真剣な顔をしていたんだろう。
部屋に行きますなんて無意識に誘惑する癖に、オレが男だと今さら知ったような顔。
オレとこんな風に接するのは初めてじゃないだろう?
それこそ、もっと――――。
「あの…」
恥じらう様子が愛らしくてわざと強い視線を向けているけど本当は困らせたいのではない。
潤んだ目も、赤らんだ顔も、震えている両手も可愛いと思う。ただ、眺めていたいと思っただけ。
拒絶できない彼女の優しさに甘えて甘えて、思い切り甘えて困らせたいだけだ。
今だけは彼女がオレのことだけ考えてくれるから。


キスしてもいいかな、と思った丁度その瞬間。
どさどさと何かが落下する音がして、オレもフェイもそちらへ顔を向けた。
「……………………あ」
「た、だいまー……」
砂漠のように乾いた声で帰宅の挨拶をしたマクモ。
筋肉が弛緩したのか荷物を全部落とした大工の天選。
それと反対に引きつった笑顔で固まった菓子職人。
一番奥から突き刺さる墓石職人の視線だけはしまったと思った。
多分彼女以外にはフェイがオレを襲っているように見える。のだろう。
長いような、短いような沈黙があった。
その後は知らない。
結局オレは過去最大級のビンタを両頬に喰らって、その日の真夜中まで昏倒していたからだ。



20100314
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