SS

□a hot spring
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 ビリー・カタギリはガンダムに心を奪われてしまった友人、グラハム・エーカーと温泉へやって来ていた。
「温泉とはじじくさかったか?」
 グラハムは彼の車を快調に飛ばしながら、自嘲気味に助手席のビリーへ尋ねる。
「いや」
 ビリーは首を振った。彼の外見的特徴でもあるポニーテールが首の動きに合わせて微かに揺れる。
「いい選択だと思うよ。とくに君みたいに体を酷使しているパイロットにはね」
「それはガンダムの為に無茶な改造を要求した私への皮肉かな?」
 グラハムは口端を吊り上げ、勝ち気な瞳でビリーを見やる。好戦的な表情だ。もう二十代も後半だというのに、こういった顔をするときは、少年のように生き生きとしている。
 ビリーはそんなグラハムに幼い頃から惚れていた。はっきり言って、温泉なんぞに二人で裸で浸かろうものなら、理性が保てるかどうかわかったものではない。
 そういう訳で、今回のグラハム提案による温泉旅行は、ビリーの動揺を誘うのに十分な企画だった。
 しかし、そんな心中の乱れを悟られてはならない。ひょっとしたら気付いているかも知れないが、グラハムに面と向かって告白したことはないのだ。彼がビリーの思いにどう答えてくれるかわからないのに、勝負に踏み切る勇気は今の所ない。
 ビリーはノートパソコンを広げ、無意味にキーボードを叩いた。かけている眼鏡にモニターの光が反射する。モニターに何が映っているか全く見えていなかったが、ビリーはいつもの調子で柔らかい笑みを浮かべた。
「どうとって貰っても構わないよ」
「ふん」
 グラハムは鼻で笑う。
「君はいつでもパソコンの画面ばかり見つめているな」
「君でいうガンダムみたいなものだよ。これが私の恋人だからね」
「なるほど」
 グラハムは話を打ち切り、アクセルを深く踏み込む。目的地が近いのだろう。
 そのうち「私の恋人はグラハム、君だよ」と言ってみたいものだなと思いつつ、ビリーは深いため息をついた。
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