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□宇宙を駆ける君へ
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宇宙を駆ける君へ


 なぜ空を飛びたがる人間がいるのだろう。なぜ自ら望んで死地に赴こうとする人間がいるのだろう。
 人間の力量を超える範疇に踏み込むものじゃない。人間は人間らしく、地を這って生活していれば良い。
 人間を空へ押し上げる技術を開発する科学者としては、およそ矛盾した考えを僕は持っていた。だから空を飛びたがる人間を馬鹿だと思い、好きこのんで戦地へ赴く人間を愚かだと笑った。彼らの心中などわからないし、わかりたいと思ったこともない。僕はただ機械的に彼らを空へ送り出す入れ物を作るだけ。パイロットの命を守る為、勿論安全性に手を尽くすことはするけれど、その先で起こった結果に責任にはない。悲しいとか辛いとか悔しいとか、そういった一切の感情は持ち合わせていなかった。いや、持ち合わせたくなかったのだ。
 けれど、彼の澄んだ翡翠の瞳は僕の心を揺さぶって、押し込めていた情を引きずり出す。いけないと思いながら、彼の溌剌とした性格に、真っ直ぐ空を見据える眼差しに、心地よさげに風へ身体を預けるその姿に、惹かれていったことは否めない。いつしか、彼を守る為に自分の腕を振るいたい、そう思うようになっていた。



「カタギリ、行ってくる」
「うん、気をつけて行っておいで」
 ビリーは、白いパイロットスーツをまとった精悍なる背を見送る。ビリーより小柄なグラハムは、フラッグと並ぶと本当にちっぽけで心細かった。グラハムの腕を疑っている訳ではない。彼は間違いなくユニオン一の、いや世界一の腕を持つパイロットだ。本当にそう確信していたけれど、ビリーの胸はちくりと痛む。それでも、柔らかい微笑を浮かべて手を振った。
 グラハムはフラッグのコクピットから伸びるリールを手に取り、足をかける。
 ああ行ってしまう、とビリーは振り終えた手を白衣のポケットに突っ込む。その手は情けないほどに震えていた。
(フラッグの状況は?)
(見ての通りだよ、突貫作業でやっている。もう少し待って欲しいな)
(私は我慢弱い)
(分かっているよ)
 あのときの光景が想起される。穏やかに笑って見せ、グラハムの思い通りにフラッグの改良を進めていたけれど、あのときはまだ迷っていた。フラッグの整備は間に合わなかった、と嘘をつくことすら考えた。けれど、グラハムの純粋な思いに、嘘で応じることは出来なくて。
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