SS

□ドーナツモチーフ
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 暖色系の明かりに包まれた高級ホテルの一階にある、物静かなバーで、ビリー・カタギリは人を待っていた。
 長い髪はいつものように頭の高いところで結い上げ、一点の曇りもないほどに磨いた眼鏡をかけ、のりのピンときいた白いスーツを着たビリーの表情は、いつもより少々固かった。
 胸ポケットには、小さな箱が一つ入っている。ビリーを緊張させているものの原因はこの小箱だった。
(まだ……かな)
 ビリーはちらりと腕時計に目を落とした。約束の時間まで後十分といったところだ。待ち合わせ相手、グラハム・エーカーは、基本的に待ち合わせの五分前にはやってくる。逆に言えば、それ以上早く来ることもあまりない。一分一秒の気のゆるみが命取りになる軍人稼業のせいか、グラハムは時間には妙に几帳面だ。
 ビリーはほっと吐息を漏らし、胸ポケットの小箱を取り出す。五センチ四方の立方体。固く閉じた蓋をカチッと音を鳴らして開けると、中にはシンプルなデザインのリングが入っていた。プラチナの細めのリングで、目立たないほど控えめに小さなサファイアとダイヤが一つずつ埋め込まれている。サファイアはグラハムの誕生石、ダイヤはビリーの誕生石だ。
 今日、四月二十四日、ビリーは自分の誕生日に一世一代のプロポーズをしようと考えていた。
(グラハムが僕からのプロポーズを受けてくれたら、最高の誕生日になる)
 ビリーはリングを見つめながら、ごくりと喉を鳴らし、失笑する。らしくなく、プロポーズの結果を気にして身を固くしている自分が滑稽に思えた。
(大丈夫。勝算はあるさ。グラハムは僕との結婚を了承してくれるはずだよ。僕は勝てない勝負はしない主義だからね)
 ランプの灯りを反射して、上品に光るリングに、ビリーは目を細めた。
 そのとき、
「早いな。もう来てたのか」
 ビリーの背後から声がかかった。
「グラハム」
 後ろを振り返ったビリーは、慌てて小箱の蓋を閉じ、元あった胸ポケットにしまう。不意の来訪に、心臓が跳ね上がらんばかりに大きく波打った。
「すまない。遅くなった」
 グラハムはビリーの正面の椅子を引き、腰を下ろす。そして通りすがりのウエイターを呼び止めて、すぐに注文をした。
「私にも彼と同じものを」
「かしこまりました」
 ウエイターが去ると、グラハムは一息吐いてビリーと目を合わせる。
「で、何を見ていたんだ? 一人でにやにやと」
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