献上小説置き場2

□愛を育てる会えない時間
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――コンコン
 
「了ちゃん、入るわよ?」
 
するとまた「入ってくるなっ」と叫ばれた。
だが、こちらももう退けない。
 
 
――ガチャ
 
ルッスーリアは勢い良くドアを開けた。
 
 
 
「なっ……入ってくるなと…」
 
部屋の隅に座っていたのか、了平は慌てて立ち上がる。
そして服の袖で目に溜まっていた涙をゴシゴシと拭いた。
 
 
「了ちゃん、本当にごめんなさい。貴方が怒るのも無理ないわ」
 
「おっ…怒っているのではない!ちょっと焦っただけで…」
 
 
するとルッスーリアは、後ろ手に隠していたものを了平の目の前に差し出す。
 
「これは…」
 
「遅れてしまったけれど、ハッピーバレンタイン、了ちゃん」
 
それは、美しい薔薇の花束だった。
 
 
了平は恐る恐る、その花束を受け取る。
それからまた口をへの字に曲げて目に涙を溜めた。
 
ルッスーリアは苦笑しながら彼の肩を抱き、ベッドへと誘導する。
そしてゆっくりと2人で座った。
 
 
 
 
了平が泣き止むのを待つと、ルッスーリアは彼の手の花束をベッドの脇へ置き、横からぎゅっと抱きしめた。
 
「聞いたわ、了ちゃん。私の為にチョコレートを作ってくれたんですってね」
 
「でも渡せなかった………べ、別に責めている訳ではないぞ?!」
 
「えぇ。でもやっぱり、私のせいよね…」
 
健気に首を振る了平に、さらに自責の念がこみ上げてくる。
 
そして恋人を抱きしめたまま、ルッスーリアは語り出した。
 
 
「私もね、すぐに帰ってくるつもりだったの。でもまさか2週間の遠征だったなんて……言い訳にしかならないけれど、忙しくて時差の関係もあってなかなか連絡出来なくて……これでも仕事が終わって飛んで来たの」
 
「い、いつも言っているだろう!無理はするなと……」
 
「無理じゃないわ、だって私が了ちゃんに早く会いたいんだもの。その花束も…本当はもっと沢山のはずだったのだけど…バレンタイン直前に用意したのはやっぱり全部枯れてしまったわ。緊急だったからそれくらいしか用意出来なくて……」
 
それを聞くと、了平はルッスーリアの胸に頭を押し付け、唇を噛んで叫んだ。
 
「っ…極限に悔しいぞ!!」
 
「りょ、了ちゃん…?」
 
「俺は馬鹿だ!当日に会えなかったからといって諦めてしまった!落ち込んでなどいずにチョコを作り直せば良かったのだ!何度も何度も!!」
 
ルッスーリアはそんな彼の背中に優しく手を回す。
そしてなだめるように言った。
 
「しょうがないわよそれは。だって、私が今日来る事も貴方に言ってなかったんだもの」
 
「だが……っ」
 
「貴方が私の為に頑張ってくれた、それだけで私はすごく嬉しいわ」
 
慣れない手つきでチョコを作る彼の姿を想像するだけで、顔がほころんでくる。
それが自分の為だと思うと、もう愛しくて愛しくてたまらない。
 
それでも了平は不満だった。
 
「……俺は、おまえにやるものが何もないぞ…」
 
「あら、貴方は私の傍にいてくれるだけでいいのよ」
 
「だがっ!それでは俺はおまえにもらってばかりだ!!」
 
 
そう、了平が今回特に張り切った理由。
彼に何かお礼がしたかったのだ。
 
いつも稽古をつけてもらって、一緒に修行して。
仕事だって忙しいはずなのに会いに来てくれて。
毎回お土産やらいろんなものをくれて。
 
でも、自分は彼に何も返せない。
いつもいつも、いろんなものをもらってばかり。
 
だから、今回はそのお礼を含めて彼に手作りチョコを渡したかったのだ。
 
 
 
そう話すと、ルッスーリアは静かに首を横に振った。
 
「それは違うわ、了ちゃん。私は貴方に沢山もらってるもの」
 
「何?何もあげてなどいないぞ?」
 
「いいえ、私が返しても返し足りないくらい、貴方は沢山のものを私に与えてくれた」
 
了平が首を傾げるのを愛しそうに見つめ、ルッスーリアはその頬にそっと手を触れた。
 
「貴方が傍にいるだけで、私はどんな事をするより癒されるの。貴方が笑顔になるだけで、私はどんな高価な物をもらうより幸せになれるの。貴方にこうして触れるだけで、私はどんな人よりも幸せになれるのよ」
 
ルッスーリアは赤くなる恋人を楽しそうに見つめながら、「ね?了ちゃんってすごいでしょ?」と微笑んだ。
 
だが了平は負けじと、冷めきらぬ顔で言った。
 
「そしたら俺だってそうだぞ!おまえがいれば極限に楽しいし、おまえの事を沢山知りたいと思う。おまえが笑ってくれるなら俺は何だって出来る。おまえに触れると、緊張するが極限に嬉しいぞ!」
 
「了ちゃん………」
 
滅多にない恋人からの大告白に感動するルッスーリア。
今ならきっと、ボスにタコ殴りにされようがこの前髪を切られようが、笑って許せるだろう。
 
 
「だっ…だからおあいこだぞ!」
 
もはや沸騰しそうな了平。
耳まで真っ赤だ。
 
ルッスーリアはしばらく考えると、いたずらっぽく微笑んだ。
 
「それじゃ、どうしても私に何かあげたいっていうなら……私の言う事、1つだけ聞いてくれる?」
 
「おう!極限に何でもするぞ!!」
 
一旦深呼吸し、ルッスーリアは了平の目を真っ直ぐに見つめて言った。
 
 
 
「キスして、貴方から」
 
 
「なっ……?!」
 
 
2人は、キスをした事くらいはある。
だがそれは全てルッスーリアから。
了平はただされるだけ。
自分からした事など、もちろんない。
 
ルッスーリアは笑って了平の頭をくしゃっと撫でる。
そして「冗談よ。ごめんなさいね、無理言って」と言った。
 
 
「っ………」
 
了平は拳を握り締め、キッとルッスーリアを見つめる。
そして、覚悟した。
 
震える自らの唇を、彼の唇に押し当てたのだ。
それは本当に触れるだけだったが、2秒程続いた。
 
 
「っ……了ちゃん……」
 
「こっ…これくらい俺にも出来る!」
 
今度はルッスーリアまで顔を赤くする。
 
反則だ。
彼からの触れるだけのキスが、今までのどんな深いキスより嬉しいなんて……。
 
 
 
「あーもうっ、可愛すぎよ了ちゃん!」
 
そう言ってルッスーリアは了平を思いきり抱きしめた。
その背中に腕を回しながら、了平も負けずに叫ぶ。
 
「おまえも極限にかっこよすぎだぞ!」
 
すると、さらに強く抱きしめられた。
 
 
 
 
バレンタインには会えなかったけれど、だからこそ今のこの幸せな時間がある。
お互いに会えなくて辛かったけれど、そんな事も吹き飛ぶくらい、すごく幸せだ。
 
 
2人は一旦離れて顔を見合わせると、再びどちらともなく唇を重ねる。
 
ベッド脇の薔薇の花束が、そんな2人を祝福するかのように月夜の光に照らされて美しく輝くのだった。
 
 
 
 
 
 
 
→後書き
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