□風が運んだいたずら
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寒い日が続き、なかなか咲かなかった桜だったが、先週末にピークを迎え花弁はどんどん散っている。
朝と夜の気温の差はあるものの、日中は暖かくなり、時折吹く風も肌に触れると温かくて心地いい。
その風に乗って桃色の花びらが宙を舞い、多くの花弁は準太と島崎の目の前を通過していった。
司会を妨げるほどではなかったものの、花弁が1枚、準太の鼻をかすめ、それによって鼻がむずむずとしだし、耐えきれず大きなくしゃみを1度することとなってしまった。
自転車で帰路につく途中で、手はハンドルを握っていたが、くしゃみをした勢いで一瞬ふらつき、ハンドルの操作を誤ってしまい、道路から用水路を越えて田んぼに自転車に乗ったまま落ちてしまった。

「うわっ?!」

背後から準太の素っ頓狂な声が聞こえ、慌ててブレーキをかけて島崎が振り返った時には、準太の姿は島崎の後ろではなく、田んぼの中にあった。
島崎はその場に自転車を止めると、尻餅をついてしまった巡谷手を差し伸べて彼を起き上がらせた。

「なーにやってんだよ、準太」

「すんません慎吾さん…その、鼻に花弁がついたらくしゃみが出て、その勢いでハンドルの操作を…」

「ぶっ、」

「ちょ、笑うことないじゃないすか!!」

自転車を起こすのを手伝ってもらいながら事情を話すと、島崎は噴き出し、声をあげて笑いだした。
漫画じゃねぇんだから、と目に涙をためて笑いながら言うものだから、準太は馬鹿にされていると思って島崎をきっと睨んだ。
しかし、島崎はそれには目もくれず、暫くの間笑い続けたのだった。

「あー、めっちゃ笑ったわ。準太最高だな」

「わざとじゃないのに…」

「んなの分かってるって。笑って悪かったよ。よかったな、制服汚れなくて」

準太が落ちた田んぼは、手入れが行き届いていないのか、はたまた、今は使用されていない場所なのかは定かではないが、一面雑草だらけだった。
ここのところ天気もよくて草に湿り気もなく乾いていたので、制服には砂埃がついた程度で済んでいたのだ。
それを手で払うと、自転車を道路に運び、跨って島崎が漕ぎだすのを待った。

「制服は汚れなくてよかったけど…腑に落ちません」

「ったく仕方ねぇな、慎吾さんが飲み物を奢ってあげよう」

「え、ま、待って下さい、慎吾さん!!」

準太の返事も聞かずに、島崎は自転車をこぐスピードを上げて先を急いだ。
準太は島崎においていかれないように、黙って彼の後に続いたのだった。

コンビニで約束通り飲み物を奢ってもらうと、すぐには飲まず、自転車で河川敷へとむかった。
直接はそこに行けないので、近くに自転車を置き、荷物を持っていった。
川の流れは穏やかで、水面に夕日が反射して輝いて見えた。
準太は買ってもらった水を5分の1程飲むと、視線を川へと移した。

「夕日が照ってる川も綺麗ですね」

「あぁ、本当だな。昼間とは違った綺麗さだ…珍しいじゃねぇか、準太がそういうこと言うの」

「そうですかね。俺だってこういうこと言いますけど」

「そうかもな。まぁ、こうやって夕日が見られる時間に帰れること自体珍しいしな」

草の生い茂った場所に腰をおろして他愛のない会話を交わしていると、数メートル離れた場所にある桜の木から、花弁が風に乗って2人のところまで飛んできた。
そのうちの1枚が島崎の鼻をかすめると、先程の準太と同じようにくしゃみを1度した。
自分がしたことに気づいた島崎は、慌てて隣にいた準太を見たが、既にお腹を抱えて笑いだしており、とても今すぐに話ができる状態ではなかった。

「どんだけ笑ってんだよ、準太」

「だ、だって、まさか、慎吾さんまでこうなるとは、ぶふっ、」

「分かったから少し落ち着けって」

「と、とめたくても、ひぃ、とめられな、ははは、いんで…、」

「…っ、とまったじゃねぇか」

島崎のとった行動が信じられず、何度も瞬きをしてから島崎を見るが、唇に感じた柔らかな感触はすぐに消えなかった。
驚く準太に対し、島崎は口元に笑みを浮かべて準太を見つめていた。

「な、何してんすか、こんなところで!!」

「誰もいないんだからいいだろ?それに、笑いもおさまったしな」

「し、知りません!」

「顔真っ赤にしといて、それはないんじゃねぇの?」

「ゆ、夕陽のせいでそう見えるだけっすよ!!」

本当は自分でも頬が突然熱を持ったことを自覚していたが、素直になれず、つい口からは苦しい言い訳が出てしまった。
こんなことで島崎が誤魔化されてはくれないことくらい、短くない付き合いで理解している。
でも、咄嗟に出た言葉を今から修正することは準太はできなかった。

「はいはい、そういうことにしといてやるよ」

「何かむかつくかも…」

「…その口、もう一回塞いでやろうか?」

「け、結構です!!」

島崎から顔を思いっきり背けると、準太は一気にペットボトルの中の水を半分程飲みほした。
それでも頬の熱はなかなか下がらず、ペットボトルをそっと片頬に押し当てたのだった。



風が運んだいたずら

(もうすぐ春も終わりだな…)



――――――――――
主催企画『振り向くなよ!』へ。今回で4回目の開催です。
準太を田んぼに落としてごめんなさい…こういうのを笑って許せるの高校生までかな、と思いまして←
去年も桜に関係する話にしたのですが、気が付いたらこの話ができあがってました。
話も4月10日を意識して書いていたりします。故に毎年春の話なんです(苦笑
かなりくだらない話ですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
→12.4.10

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