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□とある習慣。
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戦の合間というものは、意外に暇なものだ。
今日が、まさにそれで。
街へ出ても、あまりする事はない。もっとも、拠点にいてもあまりそれは変わらないのだが。
「酒でも飲むか……。」
シノンはそう呟いて、食堂に向かった。





食堂はたいてい、食事時間以外は誰もいない。
そのため、いつもは静まり返っているものだが。
「♪〜♪」
「ん?」
歌を口ずさみながら、鍋をかき回している女性がいた。
「……怪しい薬でも作ってんのか、ララベル?」
「あら、シノン。」
ララベルがかき回している鍋を覗き込むと、シノンは顔をしかめた。
「…………毒?」
「失礼ね、違うわよ!」
「じゃあ何だ?媚薬か?」
「そんな便利なもの、作れるならとっくに作って使ってるわよ。」
「………確かに。で、何なんだ、結局?」
「チョコレート、って言ってね、お菓子よ。」
「はぁ?」
シノンはもう一度 鍋の中身に目を落とす。
「………この黒い液体状のものが?」
「これから固めるの。」
「何でいちいち作るんだよ。面倒じゃねぇか?」
「ふふふ………今だから、よ。」
「あ?」
「今の時期はね、バレンタインっていって、好きな人にこのチョコレートを贈る習慣があるのよ。だから………。」
「………大体 読めた。」
ララベルは恐らく、このチョコレートをアイクに贈ろうとしているのだろう。 そういうアプローチは欠かさない女だ。





「もちろん、アイクさんがもので振り向くと思ってるわけじゃないわ。」
「そうかい。じゃ、せいぜい頑張れよ。」
「あら、応援? 珍しいわね。」
(結果が解ってるんでな。)
心の中でシノンはそう言い、目的の酒を取ると、食堂を後にした。










「大体、あんなもんを贈ったからって何になるんだ?」
シノンは外で酒を飲みながら そう呟いた。
贈ったところで、相手がその習慣を知らなければ、意味はないだろうに。
「バレンタイン……ね。」
ララベルと共にいる、魔道士の少女。
彼女は、その習慣を知っているのだろうか。
ララベルだったら、教えそうなものだが。
もし、知っているとしたら。彼女は今、誰かにチョコレートを渡しているのだろうか。
―――誰、に?
彼女とよく会話を交わしていた、あの剣士に?
だとしたら。
「……俺は……どうするんだ……?」
そう呟いた自分に、かなり驚く。彼女が誰に好意を持っていようが、自分には関係ないはずなのに。頭の中に、彼女があの剣士にチョコレートを渡している姿が浮かぶ。
「……すげぇ、腹立つ……。」
何故?解らない。苛立ちがもっと激しくなる。
「―――馬鹿じゃねぇか、俺。」
何を考えているのだろう、自分には全く関係ないことは、とうに理解しているはずなのに。
「―――訳、分かんねぇ。」





「―――あぁ、見つけた。」
声がしたほうを振り向くと、ララベルが立っていた。 何か小さな包みを持っている。
「お。断られたのか。」
「違うわよ! あなたにも渡しとこうと思って。」
「はぁ? 好きな奴に渡すもんじゃなかったのか?」
「知り合いとかに渡すこともあるのよ。義理チョコっていってね、好きな人に渡すのは、本命チョコっていうの。」
「ほぅ。」
「というわけで、はい。」
可愛らしく包まれた小さなそれを受け取る。
「……………似合わねぇ。」
「何か言った?」
「いや、別に。」
「じゃあ、いよいよアイクさんに渡してくるわ。絶対食べてもらうんだから!」
ララベルはそう言い残し、立ち去っていった。





「………………。」
シノンはとりあえず包みを解いた。
黒く丸いそれを食べるのは正直 気が引けたが、口に入れてみた。
「……うわ………甘ったりぃ……。」
まぁ、菓子といっていたのだから、恐らくこれが普通なのだろう。
しかし、甘いものが苦手なシノンにとって、これを全て食べきるのは過酷なことだった。
「やれやれ……。」
これをどうやって処理するか、シノンが迷っていた時だった。





「………ぁ……シノン……さん……。」
「!」
先ほど考えていた魔道士の少女が立っていた。
「――その顔は、また腹減ったんだな。」
「………はい……。」
「……やれやれ。」
シノンは手の中にあるものを見つめた。
「―――なぁ、イレース。」
「……はい……何で……しょうか………?」
「……バレンタインって、知ってるか?」
「……ばれ…ん……?」
「………いや、知らないなら、いい。」
そうか。知らないのか。
そう思うと、苛立ちが少しだけおさまった。
(……何でだ?)
解らない。……違う。
(――あぁ、そうか。)
頭では、ちゃんと解ってる。ただ、それを認めるのに、抵抗を感じるだけ。





「…………………イレース。」
「………はい……。」
「口、開けろ?」
「?」
そう言うとイレースは素直に口を開けた。するとシノンはそこに、チョコレートを入れた。
「………甘い……ですね……何ですか……?」
「チョコレート。菓子らしい。」
シノンはそう言って、チョコレートの包みをイレースに手渡した。
「………わぁ………ありがとう……ございます…………。」
苛立ちの原因は多分、こういう事なのだろう。
気付いてしまった。解ってしまった。認めてしまった。なら、行動するのが一番自分らしいと思う。
「―――ララベルに、俺から渡されたって言っといてくれ。」
「? はい。」
彼女なら、気付いてくれるだろう。イレースの腕の中にあるチョコレートが、何を意味しているか。 バレンタインのことも、もしかしたら教えてやるかもしれない。
(――そうだったら、万々歳、だな。)





「……シノン……さん………。」
「ん?」
「……シノンさん……も……どうぞ。」
「……は………?」
先ほどシノンがそうしたように、イレースは、チョコレートをシノンの口元に持っていった。
「………。」
「………ぁ……もしかして……お嫌い……ですか…………?」
「いや、ありがとよ。」
口に入れてもらったチョコレートは、さっきほど 甘さを不快に感じず。
むしろ少しだけ、好ましく感じた。





バレンタインもチョコレートも。
「――悪くねぇ、な。」
「?」
「いや、何でもねぇ。」





そして、一人の少女への想いに気付くのも、それを解るのも、認めるのも。
悪くないものだと、そう感じた。

END





〔あとがきという名の言い訳〕
シノイレ バレンタイン編です!!
FEの世界にバレンタインはないので、無理やりねじ込んでみました(笑)。 こういう時 本当にララベルさんみたいな人は便利(←ヲイ)。
ここまでありがとうございました。




 

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