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□勇者の憂鬱
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鋼野×茨城





女子が菓子づくりの雑誌を見ながら、チョコレート作りを計画し始める、そんな季節。
俺には、どうでもよかった季節。
けれど、今は違う。





――今は正直、憂鬱な気分。










「――ムチコからのチョコレートが欲しい。」
膝を抱え、珍しく沈んだ声で呟くのは、私立ホーリーランス学園、勇者学担当の教師、鋼野 剣である。
「無理じゃね?」
教師にそう冷たく返すのは、鋼野が担任をしている1―Aの生徒である河野 盾だ。
今 いるのは勇者部 部室。 盾はゲームをしながら鋼野の会話に付き合っている。
「ムチコ先生、あぁいう行事とか興味ねぇだろ。」
「愛があれば……ッ!」
「あんの?マジで?」
「……………。」
「あんたら、別に付き合ってるわけじゃないだろ?」
「………………。」


ピローン♪


レベルアップのBGMが響き、
「よし! 金も貯まったし、町に戻るか。」
そう言ってテンションを上げる盾に、鋼野はさらに落ち込む。
「…嫌われてる…わけじゃない……よな……。」
「……金もあるしな……もう1ランク上の装備にしても………。」
盾がもう話を聞いていないのに気づくと、鋼野は立ち上がって部室を出て行った。




















ムチコと学校で会話をするのは、本当に少しだ。
鋼野が、職員室の自分のデスクで漫画を読んでいたり、ゲームをしていたりすると、
「鋼野先生。校内でこんなことはしないでください。」
と、その都度 漫画やゲームを取り上げる。
まぁ、これは会話というより注意なのだが。

後は、ほんのたまに仕事をしていると、ムチコがコーヒーを置いてくれる。その時の、
「どうぞ、鋼野先生。」
「あぁ。」
くらいである。
けれど、鋼野はそれが十分嬉しかったし、それ以上話しかけても何の意味も成さないことを理解していたのだ。





それに、時折どこから手に入れたのか、制服を着て勇者学を受けに来ることもある。
こちらが気付いているとは思ってはいないだろうから、今まで言わなかった。これからも言うつもりは無い。彼女がいることが、鋼野はこの上なく嬉しかったのだ。
けれど、彼女には、どうだったのだろう。
鋼野には考えたこともなかった。
「――嫌われてんのかも、オレ。」
そう呟くと、ますますそうかもしれないと思えてきて。
「――来なくていいのによぉ、バレンタインデーなんて。」
そう言っても 2月14日は着々と近づいてくる。鋼野はますます憂鬱になるのだった。




















「――その顔は、貰えてないんだな。」
「……うるせぇぞ、盾………。」
2月14日。
鋼野の恐れていた日の、放課後である。
「お前は貰えたのか?」
「……委員長と火野木、後、母さんからの義理チョコ 3個。」
「………ほぅ……そりゃあ良かったなぁ……。」
「良くねぇよ。 委員長からは義理チョコだしよ。火野木は『ホワイトデーはブランド物か、もしくは現金(少なくとも3万以上)。』とか書かれたメモが一緒に入ってるしよ。」
「………へー……。」
「…あんた……随分凹んでるな……。」
これほどまでに凹んでいる鋼野を見たことがなかった盾は、少々驚く。
「………ま、まぁ、ゲームしようぜ! な!?」
「………今のオレにはホイミもケアルも効かねぇ………。」
どうやら、例え魔王を倒せる勇者でも、バレンタインにだけは勝てないらしい。
「―――いや、その前に勇者じゃないんだっけ、コイツ。」
「………盾……何か言ったか……?」
「いや、何でも。」










盾が帰ってしまい、話し相手がいなくなった鋼野は、職員室の自分のデスクで、ぼぅっとしていた。 他の職員のデスクには、いくつかチョコレートが置かれている。 教え子からの義理チョコだろう。 中には、本命も含まれているかもしれないが。
(――オレは、あんなのいらねぇ。)
ただひとつだけでも、彼女から貰えれば、それで良かったのに。
無情にも、バレンタインデーは夜を迎え、後 数時間で終わりを告げようとしている。
「――お疲れ様です。」
「――じゃぁ、そろそろ私も。 お疲れ様です。」
何人かの職員が帰っていく声を聞きながら、鋼野は天井を見つめたまま、動かないでいた。





気付くと、自分以外の職員は一人しかいなかった。
その一人とは、鋼野が先ほどから想っている、茨城ムチコだった。
ムチコは、鋼野の存在など気にも留めないように、パソコンのキーを叩いている。

鋼野は、そろそろ帰った方がいいかもしれないと思った。 けれど、動く気にはなれなかった。
窓の外は暗く、雪もちらほらと降ってきていた。その景色も、静かな職員室に響く時計の針の音も、鋼野をさらに憂鬱にさせる。












ことん。


「―――どうぞ、鋼野先生。」
「え?」
突然目の前に紙コップを置かれ、鋼野はかなり驚いた。それを置いたムチコが言う。
「寒いですから。」
その紙コップからは、甘い香りがした。
(………ホットチョコレート……?)
「……なぁ、ムチコ……これ……。」
「今日だけですよ。」
そう言って、ムチコは自分のデスクに戻った。
「……………。」
鋼野は、ホットチョコレートを見つめ、一口飲む。 暖かさと甘さと、そして嬉しさがこみ上げてきた。
「サンキュー、ムチコ。」
そう言うと、ムチコは振り向いて、
「――どういたしまして。」
言いながら、にっこりと微笑んだ。

END.





〔あとがきという名の言い訳〕
……何だコレ……何だコレェェッ!! 泣きたいくらいにわけがわからん!!
盾は クラスの女子から忘れられてるので3個です(笑)。 まさゆきは多分 火野木からと妹からの2個。 杖はきっと20個以上ですね、モテるし。鋼野はもちろん1個ですが、それでいいんです。
ここまでありがとうございましたー。




 

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