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□平等な優しさ
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最近不満に思うことがある。
我らが副士長中津川だ。


「おい、大地こないだ言ってたの調べたぞ」
「あ、すいません」


「沙耶さんが冷たいんです〜!」
「分かったから落ち着け。ほら、コーヒー」
「ぅう〜おいしいっス!」


「副士長! この書類のここ…どう書けばいいんでしょうか」
「ん? ああ、これはな」



副士長は皆に頼られている。
そして副士長は皆に、平等に優しい。

報告書に関するあれそれはまぁ副士長なのだから当然といえば当然かもしれないけど。
大地や土井は…おかしい。だがまだ土井は自分のせいで泣きついているから我慢できる。
けど大地! あんたなんで“おいしいラーメン店”を調べさせてんのよ!? 副士長をなんだと思って…ていうか調べてやる副士長もおかしいわよ!

理不尽な怒りだとはわかっている。
自分はただの同僚…部下なのだから。いや甘すぎる上司に憤るのは部下としてはありと言えばありかもしれない。
だけど、アタシのこの怒りは部下としてじゃないから。

でも、勝手に怒っているのは、外に出さなければ許されると思う。
ただ問題なのは市民に対してまで嫉妬してしまうこと。消防士の身で市民に冷たくするなんてありえないのに。
アタシ、なんでこんなに心狭いのかな。

「──何考えこんでるんだ?」

外でそんなことを考えていたら当の本人に声をかけられた。
差し出された缶コーヒーを受け取る。
ホットのそれは、外にいて冷えきっていた手には熱かった。

「別に。コーヒーありがと」

袖口を伸ばしてコーヒーを掴んで、ぎこちなく礼を言う。
普通に言えないのはなんでだろう。

「…嘘つけ。土井が最近うるさいんだ」

なんでそこで土井が出るのよと睨めば、土井がお前が大好きなんだよと頭を撫でられる。
行為は嬉しいけれど、でも副士長が口にする言葉は全然嬉しくない。

「どうだっていいでしょ」
「まぁ話してみろって」
「…っ副士長には関係ない!!」

つい大きくなった声に、副士長が目を瞠った。

…ああ、またやってしまった、と後悔の念がじわじわと襲い来る。

自分だけに優しくしてほしいと思いつつ同僚として部下として甘えることもできない。
それどころか傷つけかねないことを口にする。
知らず俯いたアタシに、

「──大地か?」
「は?」

てっきり愛想を尽かされると思っていたら、予想外の固有名詞を出された。思わず間の抜けた声が出る。

「お前は、その、大地が好きなんだろう…?」

そんなの昔の話。どちらかというと今は悪友に近い。
いや、今は…というのも間違っている。
アタシが大地に持っていた感情は、好きという気持ちは、恋愛のそれとは違うとこの人に出会って分かったから。

このまま勘違いの話題が続くのは避けたかった。
だが「今は別の人が好きです」なんて言ったら、副士長こと。協力しようと名を聞いてくるに違いない。

普段は勝気で気の強いアタシだけど、好きな人に好きな人の嘘を突き通すなんて正直無理。
かといって「あなたです」なんて言える勇気、情けないけど持ってない。
どうしようと軽いパニックに陥った。

だいたいなんでそんなことを聞くわけ?
アタシと大地がくっつけばいいとでも思ってんの?

「いや、まあ…そうだな」

……………?
なんで、今、そんな言葉が副士長から出るの?
も、もしかして、

「声、に出て、た…?」

焦るアタシだけど、副士長は頷いた。

「──っ!」

人は恥ずかしさで死ねるかもしれない、と思った。
けどそれは今問題じゃない。いや本音が出てしまったのも辛いけど、でも副士長の返答の方がダメージを与えた。

なんでそんなこと言うのよ。

「あ、あっそう。…コーヒーありがとうございましたッ」

平静を装えずに椅子から立ち上がり、プルタブを開けてもいないのに温くなったホットコーヒーを手に駆け出した。
と思ったのに、前に進まない。
不思議に思って振り返ると副士長が、アタシの腕を掴んでいた。

「なんで泣くんだ」
「へ…?」

言われて初めて頬に温かなものを感じた。
走るのをやめて立ち止まると、後から後から溢れてくる。
本音も涙も無意識に出るんだ、なんてあさってのことを思った。
といより、もうどうでもよくなってきた。

「…ふ、くし、ちょう…」

なんでアタシが泣いてるか分からないでしょ、と思ったら余計に悲しくなって、アタシは黙って泣いていた。
すると、副士長に引き寄せられた。自然抱きしめられる形になる。

「な、に、」

二度目のパニックを起こしかけるアタシの頭は、また優しく撫でられた。
温かくて、大きな手。
誰にでも、差しのべられる手。

「…ほんと、誰にでも優しいよね…」

思わず自嘲的に言ったら、副士長の手が止まった。
アタシが悪いのに悲しくなって、副士長から離れようとすると、再び大きな手が撫で始めて、耳元で声がした。

「お前、俺が誰にでもこんな風に接すると思ってるのか…?」

だってそうじゃない。
誰にだって優しいじゃない。
誰にだっておんなじじゃない。

悲しくて、悔しくて、でも抱きしめられているのは嬉しくて、副士長に縋りついた。

「──俺はな、惚れた女には幸せになってほしいんだ。…たとえ相手が、自分以外の男でもな」
「え…?」

今、何を言われたの?
アタシが見上げると、副士長は困ったように笑った。

「言わなきゃ伝わらんか…一度しか言わんぞ。─…俺は、お前が、女として好きだ」
「副士ちょ…」

涙が止まった。人は驚きと嬉しさでも死ねるかもしれない。
頬が熱い。
なのに上がりかけた気分は、すぐに降下した。

「だからお前が大地とうまくいくよう協力するよ」
「…………」

ぁああもう!
なんでそうなるのよ!!

恨めしそうに睨むと副士長が不思議そうな顔をした。

…何よ、人のこと言えないじゃない。言わなきゃ伝わらないんじゃない。
名残惜しかったけど、副士長から体を離してまっすぐに見つめた。

「アタシが好きなのは大地じゃないわ」

にっこりと笑って言うと、副士長は目を見開いた。
そんなに驚かなくてもと思う。本当に大地が好きだと思ってたんだ。
しかも恐る恐る聞いてきた。

「まさか…土井、か?」
「……副士長…鈍いってふられたことあるでしょ」

ここまでくると笑える。
普段から人のことばかりだから自分のことなんてわからないんだろうな。
ゆっくりと深呼吸して精一杯微笑んだ。

「アタシが好きなのは…、」




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