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□恵みのそれであってほしい
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雨が降っていた。
ザーザーと音が耳に響く。

シカマルは母親に頼ま(命令さ)れた使いの帰りだった。

「なんだって休みの日に、しかもこんな雨の日に醤油買いに行かなきゃならねんだよ。ったく、めんどくせぇな。マジで母ちゃん人使い荒いよな…」

ぶつぶつ文句をたれていると前方にただずんでいる人間が目に入った。

この雨の中だというのに傘を差していない。どこのバカだ?と思っていたら、関わりのある砂の忍だった。

「テマリ? 何やってんだ?」

声に気がついたらしいテマリは、ぼうっと雨に打たれながら、ちらとシカマルに目をやって答えた。

「お前か。…別に。ただ雨に降られているだけだ」

それは見れば分かる。傘くらい差せと言っているのだが。

「つーか木の葉にいるって事は任務だろ。風邪ひいたらどーすんだよ」
「まあこのくらい大丈夫だろ」
「いや大丈夫じゃねぇだろ。びしょ濡れじゃねぇか、ほら。めんどくせぇけど宿まで入れてってやっから」
「いらん」
「はぁ?」

シカマルの存在を無視することにしたのか、もはや見ようともせず空を仰ぎ見るテマリ。

この女はいつもわけがわからん、振り回されているのについ構ってしまう自分はもっとわからん、とシカマルは疲れてきた。

そんなシカマルをテマリはやはり無視し、手のひらに雨の滴を溜めはじめた。
無視されているとはいえ、びしょ濡れの女を放っておくなどシカマルにはできない。
なんとかして傘に入れて宿まで帰さねば。
しかしIQ200以上の頭をフル回転してもわからない。

その間テマリは手に雨を溜めてはこぼし、溜めてはこぼしを繰り返していた。

こうなったら力ずくでも引っ張っていくしかないかなと一番単純な答えを導き出すシカマル。
と、背を向けたままテマリが口を開いた。

「私な、雨、好きなんだ。」

ああそーだろーよ、とシカマルは顔をしかめた。人を無視してここまで濡れながら遊んでいるのだからそりゃ好きだろう。
シカマルはつっこもうどうか一瞬悩んだがやめた。
──テマリの声があまりにも静かだったからだ。
華奢な背中は、儚げで消えてしまいそうだ。

「砂では滅多に降らないけど、任務で別の国に行ったときとかにな、雨が降るとこうやって雨にあたるんだ」
「…なんで」

シカマルの問いにどこか自嘲的な笑みを浮かべ語る。

「私な、雨、好きなんだ」

仰向いて再び雨を全身に受ける。

「洗い流してくれる気がするんだ、私の汚いところとか、全部」
「…っ」

目を閉じて、口元に笑みを湛えて言われた言葉に息を飲む。
このまま目の前の人が消えてなくなりそうで、シカマルは思わずテマリを後ろから抱きしめた。
音を立てて傘が転がる。

「─…アンタは汚くなんてねぇよ」

黙って抱かれているテマリの存在を確かめるように更にきつく抱きしめる。
柔らかな体は、ひどく冷たくてそれがまたシカマルの心を刺した。

「アンタが汚いなんてことは、そんなことは、ありえない」

苦しそうに、けれどしっかりとした調子で言われたテマリは、黙っていたがしばらくしてぽつりと言った。

「ああ─…ありがとう」

しずかに息をはいたテマリは、抱きしめられた状態でシカマルを見上げると、軽く笑って離れた。
そのまま傘を拾ってシカマルに差し出す。

「ほらよ。傘持ってるくせに濡れるなんてばかみたいだぞ」

ニヤリと笑うテマリは、もういつものテマリだった。
戸惑ったように傘を見つめていたシカマルは、一度テマリを見て、また傘に目をやった。
ははっと笑って傘を受けとる。

「ああ、そうだな」



宿までテマリを送っていくとシカマルは何度目かのセリフを口にした。

「すぐ風呂入ってあったかくしろよ」
「わかったって。同じ事を何回も言うな。ジジくさい」
「うっせぇな、女に風邪ひかすわけにいかねぇだろ」

心配しているのに一蹴されてシカマルは渋面だが、テマリはどこか楽しそうだ。
玄関に入り、テマリはじゃあなと戸に手をかけた。
閉まる直前、言う。

「…ありがとな。おかげであったかくなったよ」

微かに見えた落ち着いた表情に、シカマルはやっと大丈夫だと思えて肩の力が抜けた。
詰めていた息をつく。

伸びをして、宿を後にした。

そうして、傘と共に放り投げたせいで再び醤油を買いに行かねばならないことに気づいたシカマルは、げ、と呟き、ぐったりしながら踵を返したのだった。











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