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□「やきもち」
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「僕のような子供では、貴方に遠く及びませんね…」
淋しそうに呟いた、色素の薄い瞳に。
翡翠は微笑しながら答えた。
「……君は何を仰っているんだかね。それならば、私のような海賊なんかが、東宮様に遠く及ばないという方が正しいのではないかな?」
その言葉に、彰紋が振り向いて。
「そんな事ありませんよ!身分なんて…そんなもの…」
「だったら。……歳の差も、関係無いのではないかい?」
ゆったりと言う翡翠に、彰紋は少し淋しそうに笑った。
「……それは、そうなんですけど。」
でも、と俯く。
「貴方はとても大人で、麗しくて、聡明で…。多くの女性が放っておかないでしょう?」
彰紋の言葉に、翡翠がくすくすと笑い
「それは…。世の女性に嫉妬している、という事かな?」
「なッ、からかわないで下さい!」
頬を紅く染めて、彰紋が抗議する。
「からかってなんかいないさ。ただ、彰紋が余りにも愛らしい事を言うから、少々喜んでしまっただけのこと…」
「もう、翡翠殿…」
む、と頬を膨らませて拗ねる彰紋に、翡翠はおいでと手を差し伸べて。
素直に近付いてきた彼の手をとって、自らに引き寄せる。
「わッ…」
ドサッ、と翡翠の腕の中に倒れこむと、そのままふわりと抱締められた。
香の香りが、鼻孔を擽る。
「どう言ったら、安心させてあげられるのだろうね…」
低く、優しい声音がすぐ近くでして。
彰紋は心臓が高鳴ってしまうのが解った。
「要するに、彰紋様は私が何処か、他の女性の元へ行ってしまわないか、不安なのだろう?」
「様ってつけないで下さいッ」
赤くなって、図星だった自分が少し恥ずかしくて。
誤魔化すように文句を言えば、翡翠はふわりと微笑んで。
「はいはい。彰紋、違うのかな?」
再度、訊ねる。
耳元で話されるものだから、彰紋は益々恥ずかしそうにして。
「…………違い、ません」
小さな声で答えると、翡翠が彰紋の頭をそっと撫でた。
「安心したまえ。………考えてもごらん?毎晩、君の元に通い詰めてるというのに、他の女性に現を抜かす余裕があると思うかい?」
「……そう、ですけど」
「生まれて初めて、ときめくという事を教わったのは、彰紋。君なんだよ…」
翡翠の言葉に、彰紋が耳まで赤くする。
きゅ、と彼の着物を握って。
「う、う、嬉しい、ですけど…そんな事を言われると、恥ずかしい、です。」
呟く声に。
翡翠が微笑んで。
「攫ってしまいたいと思うほど惚れている君以外は、目に入らないよ。」
そして、彰紋の額に自らの額をあてて。
「……もう少し、こうしていさせてくれまいか。君の温もりが、とても心地好いのだよ。」
そう言われた彰紋は、零れるほどの微笑みで。
「はい…」
と頷いた。
好きでいれば、不安は常に付きまとうもの。
だけれど、その不安を直ぐに拭い去ってくれる貴方だから。
僕はもっともっと、貴方に触れていたいと思うんです。
早く、僕も大人になれると良いな。
終
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2010/05/26 いなひめ