骸雲

□*** asterisk Three
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季節は秋になろうとしているものの、四季の移り変わりに厳格なこの極東の島国にも、温暖化のせいかたまに思い出したように真夏日がやってくる。


今日もそんな強い日差しがこの廃屋と化した建物に降り注いでいるらしい。


天井の一部が壊れて、まるで教会のステンドグラスから一条の光が零れるているかのように、二階に続く階段の踊り場だけがほの明るく照らし出されていた。

「神はついに、楽園に至れり、か」

そう言えば、イタリアのカソリック教会もこんな埃っぽい古びた香りが立ち込めていた気がする。

獄中散々聞かされたミサも神の御言葉とやらも、ほとんど覚えていない。

忘れかけていた過去をふいに思い出し、少し顔をしかめながら暗い廊下を歩いて自室の扉を開けると、そこには逆光の中で白く浮かんだ寝台と、窓からの風にそよぐ薄手のカーテンがあった。


足音を忍ばせて部屋の中央まで入っていくと、ほのかに暗いながら、その寝台の上に気だるそうに横たわっている人影が見えた。
やはり、逃げられるはずもない……、そっと満足げに笑ってから、骸はゆっくりと歩み寄って寝台に腰掛けた。


古びたスプリングがしなって、ぎしりと音をたてる。
枕元に脱ぎ捨てられている雲雀の制服を隣のソファーに移して、
骸はシーツからのぞいている雲雀の肩口にそっと手を這わせた。

「まだ体、辛いですか?」
「ん……」

雲雀の白い首筋に絡まった髪を指先でいじると、雲雀は寝返りを打って、骸に背を向ける。

それでもなお執拗に黒い髪に指を挿し入れて梳いているうちに、
ふとそれまで黙っていた雲雀が呟く声がした。

「外して」
「……」
「ねぇ、外して」

雲雀の言葉に手を止めた骸は、
一度身を起こして羽織っていた制服をソファーに投げ、自分も寝台に上がる。

「それは、人に何かをお願いする態度ですか?」
「あっ……」

そう言いながら骸の細い指が雲雀のまとった白いシーツをたぐり寄せ、思い切り引き剥がす。

バサリと白い布が宙に舞い、その下に横たわる雲雀は反射的に身を強張らせた。

骸の視線から逃れようとする白い素肌には、点々と紅く口付けの跡が残り、その半身に装着された黒いベルトの貞操帯が骸の前に晒される。

「やめ、……」
「その拘束具の鍵はここですよ」

必死にシーツをたぐり寄せようとする雲雀をかわしながら、骸は胸元を探ってドッグタグと一緒に首から下げた銀色の小さな鍵を見せる。

「その鍵を、よこせ」
「君は……それを付けられたままだから逃げ出せない。違いますか?」

身を捩って逃げる雲雀を掴んでねじ伏せ、ベルトの下に指をねじ込む。

「あっ、ん……っ」

口元を押さえて必死に声を出すまいとする雲雀を見下ろしながら指を引き抜き、しっとりと濡れた指先を見せつけるように口に含んで、骸が薄っすらと笑った。

「ここ、濡れてますよ」
「……っ」

悔しげに唇を噛む雲雀の右手が、目を細めて笑う骸の頬を打った。

二回、三回、乾いた音が部屋に大きく響き、次いで殴られるままに頬を差し出していた骸がクスクスと笑い出す。

「もう、終わりですか?」

怒りと羞恥に震える肩で大きく息を繋ぎながら睨みつける雲雀の頤を掴み、骸は雲雀の体を寝台に叩きつけた。

「ぅっ……あ」

続けて体の上に乗られて両手両足を押さえつけられたと思った瞬間、雲雀の鼻と口を骸の手のひらが覆う。

「んっ、ん……!」

突然呼吸の自由を奪われて混乱し、押さえられた手のひらの下で雲雀が微かに唇を開いた隙に、
それをこじ開けるように骸の指が口の中に挿し込まれて思わず咳き込む。


舌の上に確かに異物を感じたものの、苦しさに耐え切れず押し込まれる指に抗うことなく
飲み込んでしまったらしい。

「がっ、ごほっ……っ、今、何か飲ん、だ……っ」
「君の体が素直になるクスリ……さっき三回も僕を殴った、そのお仕置きです」



言葉を失ってただ骸を見上げる雲雀に向かって、骸はにっこりと笑ってサプリケースを小さく振ってみせる。

カシャ、と音をたててプラスチックのケースの中で転がる薄いピンクのタブレットを見た雲雀の脳裏に、昨晩の記憶が突如鮮やかに蘇った。

「それ昨日も……っ」
「おや、記憶力良いんですね。てっきり意識も理性も完全に飛んでいたのかと思っていました」

サイドテーブルにクスリのケースを置いてベルトを外し、次いで着ていたシャツのボタンに手をかける骸の仕草を見た雲雀は、体をびくりと震わせて急に怯えたように寝台の上で後ずさる。

「い、やだ、何をする気……」
「何って……そんな野暮なこと聞かないで下さい」


脱いだシャツをソファーに放って寝台を振り返った骸は、シーツごと膝を抱えて小さくなっている雲雀を見つけて苦笑した。

「嫌……ダメだ、来るなッ」
「来るなも何も無いですよ、だって」

両手を自分の首の後ろに回して鍵を下げているチェーンを外し、
骸は背中を向けて寝台の端に逃げようとする雲雀の体を後ろから抱きかかえ、
銀の鍵をベルトの鍵穴に差し込む。

「外して、と言ったのは、君じゃないですか」

かちり、と小さな音を立てて緩んだベルトを雲雀の半身から剥がすように引っ張ると、
雲雀の体内に挿入されていた突起がぐちゅりと濡れた音をたてて白い糸を引きながら現れる。

「やめっ! ……んっ、ぁ……っ、痛、い」

ずるりと体内から異物を引き抜かれる感覚に震えて、雲雀が首を振りながら寝台に突っ伏した。

貞操帯の突起を引き抜かれた雲雀の後口からは、昨晩何度も体の奥で受け止めた性交の名残が白い液体になって溢れ出し、とろりと太腿を伝ってシーツを汚していく。



骸が残滓を指に絡ませて、その手を雲雀の足の付け根に回すと、
微かな摩擦に熱を孕み出した雲雀自身が指に触れる。

そのまま緩慢に扱いてやれば、すぐに先端から白い蜜が甘く零れだした。

「昨日の夜あれだけ咥えたクセに、まだ欲しいんですか?」
「ちが……っ、あぁっ」
「さっき食堂まで君が歩けたのには、正直驚きましたよ。
ここにあんなものを挿れられて、ぐちゅぐちゅに濡れたままだったのに」

そう言って、骸が空いた片手で臀部をなぞりながら、
白い液体が零れる雲雀の後口に指を滑らせる。
先ほどまで異物を飲み込んで押し広げられていたそこは、
何の抵抗も無く骸の指先をつぷりと数本飲み込んだ。

「あぁあっ……ん」
「気持ち良かったら、そう言ってください。でないとわかりません」

一度埋めた指を浅く引き抜いてはまた深く挿れるたびに、
欲情を誘う濡れた音が耳元を掠め、必死に息を繋ごうとする雲雀の唇からは、言葉にならない喘ぎ声だけが零れてくる。


その屈辱と羞恥に耐えられず、雲雀が泣きながら懇願した。

「や、めて……っ、んッ、ぁ」
「君の濡れた体は、欲しいって言っていますよ」
「んっ、……はぁ、あっ、あぁっ」

体内に埋めた指を軽く曲げてやると、小さく悲鳴を上げてびくびくと体を痙攣させ、骸の手のひらに白い欲望を吐き出す。


そろそろクスリが効き始めたのか、どこかぼんやりとした雲雀の濡れた唇を舐めてから骸が深く口付けると、自分から熱く舌を絡ませてくる。嚥下し損ねた唾液が首筋を伝うのも気にせず、
なおも深く求めてくる雲雀に骸は笑った。

「雲雀、欲しいの?」
「……っ」

声を出せば喘ぎ声になってしまうのを恐れて、
ただふるふると首を横に振る雲雀の体を抱え上げた骸は、
自分と向かい合うように膝の上に雲雀を乗せて足を割らせる。
昨日の残滓や緩慢に与え続けられる愛撫のせいで
既に白く汚れた太腿や性器が骸の目前に晒され、雲雀は俯いて羞恥に体を震わせた。

「ぁ……っ」
「あまり大きな声を上げると、外にいる犬や千種に聞こえてしまいますから」

 そう言うと、骸は雲雀の呼吸をも飲み込むほどに深く口付けながら、抱え上げた雲雀の細い腰をゆっくりと自分の上に落とした。

「ッん……っ、っんんんッ!」


充分に濡れて慣らされた後口がぐちゅ、と卑猥な音をたてて骸を根元まで一気に飲み込む。

挿入の異物感と快感に喘ぐ声は、溶けるような口付けに全て飲み込まれた。

何かを考えようとしても、足先からざわりと駆け上がる甘い快感の波にさらわれて言葉すら骸の体温に溶けて消えていく。



腰を掴まれて揺すられるたびに結合部から漏れる水音に、最後に残った理性すら白く塗りつぶされそうになる。

体の内側を犯す熱に耐え切れず意識まで流されかけた雲雀は、
ただ必死に骸の背に爪を立てた。

「雲雀、腰……揺れてますよ」
「や……ぁっ」

ようやく唇を離して耳元にそっと囁けば、その声だけで感じてしまうのか、雲雀は背中を反らせて小さく叫んだ。



雲雀の細く白い首筋に口付けの跡を紅く残しながら、骸は息を繋いで微かに震える背を指先でなぞる。


傷跡一つ無い無垢な肌は、熱を孕んで薄っすらと汗ばんでいた。

自分の腕の中で、与えられる快感のままに濡れて喘ぎを漏らす小さな存在は、冬の朝に咲く華の上にほのかに積もった白雪と同じように、人の手で汚されることすら知らない。



その白さに、穢れを知らない純粋さに、骸は自分がとうの昔に
どこか遠くで無くしてしまった「何か」を透かし見ているような気がした。

余りにも愛しくて、傷つけないようにそっと指で包みながら、
しかしそのまま握り壊してしまいたくなる歪んだ欲望の熱が、
骸の体の奥を疼かせて止まらない。


衝動に任せて白い肌に舌を這わせ軽く歯を立てると、
敏感になった体をぴくりと震わせて雲雀が甘い濡れた声を零す。

「ぁっん、あっ……ぁ」
「生まれてからずっと、綺麗な世界に生きてきた君……
もっと、めちゃくちゃに犯して汚して……」
「ひ、ぁぁあっ……やぁ、あ、あっあああッ、」
「壊してしまいたい」

両膝を抱えられた反動で深く繋がった瞬間、背を反らしていた雲雀は悲鳴をあげて骸の腕の中に力なく崩れ落ちた。

「はぁ……はっ、ぁ……む……く、ろ……っ」

半身を白い蜜で汚しながら骸の肩口に頭を預け、熱に浮かされたまま必死で紡がれる雲雀の濡れた声が、骸の耳朶をくすぐる。


「……むく、ろ、……んっ」
「やっと、僕の名前を呼んでくれましたね」

意識も体も発情の熱で蕩けながら、上の空で自分の名を何度も呼び続ける雲雀の濡れた唇に、そっと口付けた。


体を繋げたまま雲雀の体を白いシーツの上に横たえると、
雲雀が細い腕を伸ばしてくる。

「離さない、で」

伸ばされた腕を取ろうとしたその間際、雲雀の指先に絡むようにして、
割れた硝子から陽の光が一筋、差し込んでいるのに骸は気付いた。

一瞬、脳裏をよぎったのは、獄中ミサの度に連れて行かれた礼拝堂の、
古びたセピアに染まった景色。
ステンドグラスの光の中に白く浮かぶマリア像、
朽ちかけた木に彫られた、
十字架のイエス。



手錠のかけられた両手に握った黒と銀のロザリオが、
小さな十字を光らせて揺れる。
そして繰り返される言葉、
それは

「神よ、罪深き我らを、赦し給え……」

無意識のうちに小さく呟いて手を伸ばして掴み、
光に照らされた指先をそっと骸が舌先で舐めると、雲雀が小さく笑う。

「神様、嫌いじゃなかったの」

その声にはっとして見下ろせば、
横たわって骸を見つめる雲雀の黒く濡れた瞳とぶつかる。


覆い被さるようにその肩を抱いて雲雀の額に張り付いた髪を指で払いながら骸は目を閉じた。

「もっと声を、聞かせてください」

神に祈るように、その名前を囁いて。

神に捨てられて、懺悔すらできない、けれど、礼拝堂で見たステンドグラスよりも、その指先に差す一条の光を美しいと思った、

この、僕の為だけに。


      完

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