ディノ雲
□声を祈りを貴方に
2ページ/5ページ
『きょ、や・・?』
震える足で近づく。鉄の匂いがいっそう強くなって、知らず息を詰めた。
“ソレ”が、一体なんなのか、一瞬わからなかった。
人の姿をしている。恭弥だ。あの綺麗な黒髪も、華奢な造りの身体も、恭弥のものだ。
けれど、俺の愛しいその人は、赤いペンキの中に捨てられた人形みたいに、地に横たわっていた。
『・・・!恭弥!しっかりしろ!』
は、と我に返って、その名を呼ぶ。傍らに膝をつき、動かない彼の目を覚まさせようと、腕を伸ばした。
だが。
『・・・・・・・・・!』
目を、見開いた。
夢であって欲しいと。生まれて初めて現実から目を背けたくなった。
腹部から、胸部からとめどなく流れ落ちる赤。赤。視界に赤が上塗りされていく。
腹部の其れは銃創だ。脈打つ傷口に、焦げ付いた跡がある。
そして胸部の傷は、背中から深々と貫かれていた。獲物のアーミーナイフが転がっている。そして、その傷の原因であろう男、も。
水溜りが出来ている。赤い赤い血溜り。狂ったオブジェの中の綺麗な彼。
誰から見ても、恭弥は死に手招きされていると解かった。
『っ!恭弥!起きろ!起きろ馬鹿!』
信じたくない。そんなこと考えたくない。
惨状の中で、酷く安らかに目を閉じる恭弥を揺する。お願い、目を開けて。開けて、くれ・・・!
ひたひたと迫る絶望に、死に、恭弥を奪われまいと、俺は彼の痩躯を抱きしめた。祈るように、震える声で何度も何度も繰り返す。
『恭弥・・・お願い、目ぇ、開けろ・・・』
恭弥、と。抱きしめる腕に力を入れた、そのとき。
『・・・・・・でぃ、の・・・?』
掠れるような声が、耳に届いた。
『ボス・・・!恭弥は?! ・・・!きょ、』
後ろから声がした。腹心の部下、ロマーリオだ。探しにきたのか。
『ロマーリオ!医療班を此処へ!早く・・・早く!!』
ありったけの声で怒鳴るように叫ぶと、ロマーリオは頷き踵を返し走り去った。
ボンゴレの医療班は優秀だ。きっと救ってくれる。それだけが希望だ。もう、俺には何の力もない。
ただ、抱きしめることしか、出来ない。
『・・・・・・』
酷く億劫そうに、恭弥が目を瞬かせる。虚ろに虚空を映す黒い瞳。
力ないそれに、俺はふいに涙を零しそうになって唇を噛んだ。
もっと早くに来ていたら。そんなどうしようもないことばかりが浮かんでは喉に詰まって、苦しくて、息が出来ない。
堪えきれずに、顔を歪める。
『・・・・・・・・・』
端に赤をこびりつかせた唇が、何かを言いたげに、かすかに動いた。
『・・・恭弥・・・?恭弥・・・、っ・・・!』
ぼんやりと曇った視界で、恭弥の髪を、頬を、首筋に指を滑らせる。
恭弥は、今にも眠ってしまいそうなほど、酷く安らかに瞳を細めた。
厭だ、こんな時に。いつもは厭そうに払うくせに。
――お願いだから、そんな顔、しないで、くれ・・・。
『ディ、ーノ・・・。・・・聞いて・・・・・・』
口を開けば端から溢れる赤。顎を伝って落ちていく。俺は首を振って制止した。
『喋るな恭弥!傷、深ぇんだ!今、医療班を呼んだから、だから、・・・!』
かすかに首を振る。恭弥の黒い瞳が俺をまっすぐ映した。
『聞いて・・・・・・、おねがい・・・』
涙声になるのを抑えられない。ダメだろ、恭弥が不安になる。
大丈夫だから。すぐ治るから。また相手してやるから。
なぁ、今度一緒に日本に行こう。皆で帰ろう。気がかりだった並盛に、帰ろう。――いっしょ、に。
そう言ってやりたいのに声が張り付いて出てきやがらない。嗚咽のような呼吸だけが、ひうひうと喉から出てくる。
情けない俺。はらはらと目尻から零れ落ちる涙滴。ああ、ダメだ。・・・もう、止められなかった。
血で汚れた恭弥の顔に、頬に、落ちて零れる俺の涙。
目元にも落ちて、頬を伝う様はまるで、
まるで恭弥が泣いてるみたいに見えた。
切なそうに瞳を細める恭弥は、俺の耳に、内緒話でもするように、
そっと囁いた。
『好き・・・好きだよ、ディーノ、・・・あいしてる』
初めての、言葉。告白。曇った視界に彼の微笑みが滲んでいく。
けれどそれは、腕の中で、静かに温度を失っていって――
医療班が駆けつけたときには、もう、
穏やかに、・・・・・・
――――・・・・・・