これが悲しみと呼ぶ感情らしい。しかし涙は零れなかった。もう涙すらも枯れたのかもしれない。最近はこんな夜がずっと続いている。想いとはあまりにも儚いもので、好きと言う気持ちはそう簡単には伝わらないように出来ているらしい。都合の悪い話だ。会う度に、喧嘩。それはほんの些細なことなのに馬鹿みたいに喧嘩してしまう。
嫌い
(好き)
見ないで
(見て)
話しかけないで
(話しかけて)こっち来ないで
(もっと側に来て)裏腹な言葉だけが、次々に零れ出る。伝えたい言葉はいつも反対の言葉の後ろに隠れてしまう。そんなあたしは、そのもどかしさから逃げるためにいつも泣く。泣いて、泣いて、泣いて、もどかしさから逃げるのだ。(目の前からの悲痛な現実から目を塞ぐことと、それは等しいものである気がする)。でも最近では、その涙すら出なくなった。それ故に最近は泣くかわりに笑うようになった。人は追い込まれると笑いしか出なくなるらしい。それも渇いたような、偽りの笑みだ。
「こんな所にいたんですかィ」
「……総悟」
「土方コノヤローが真夜中にも関わらず探し回ってましたぜィ」
「ごめんなさいね、うちの兄貴シスコンなの」
「言われなくても分かってまさァ」
こいつがあたしをこんなにさせた張本人だ。同じアパートに住む、トシ兄の後輩にあたり、あたしの幼なじみ。
「で、何しにきたの」
「アンタを連れ戻しに」
「嫌だ」
(探しに来てくれて嬉しい)「土方コノヤローがうるさいんでね。強引にでも引っ張っていきまさァ」
「誰が、総悟なんかに」
(そのまま何処かに連れ去って)「それ以上文句言うなら、土方コノヤローを呼びますぜィ」
「ご勝手に」
(嫌だ、総悟と二人がいい)そして、いつもの様に話しは入り乱れていく。総悟に対する言葉は全て真逆になって声になる。あたしが自分で言いながら、心の中では「嘘なの」と無意味に呟く。でも当たり前のように、そんな心の声が総悟に聞こえているはずもない。呆れたように、総悟は首に手をを回して溜め息をつく(この総悟の仕草があたしは好きだ)。ポケットから取り出した携帯をいじり始めると、静かに屋上のドアを開けて下に降りていった。…もう少し一緒に居たかった、そんな女々しい想いがまた涙を生む(もう枯れて出ないが、感覚的での話だ)。
すると、ポケット中から着信音が鳴った。総悟の好きな歌手の歌。あたしも好きだから、って強がって総悟と同じ着信音にした。ディスプレイを見ると、そこには「総悟」の二文字。
「…何」
『ちょっと知らせたい事がありましてねィ』
「さっき言えば良かったでしょ」
『空』
「は?」
『空、見なせィ』
電話越しに聞こえる総悟の声が少し愛しくて手が震えるのを抑えながら、総悟の言った通りに空を見上げる。
「あ……」
『星、綺麗だろィ』
「…それ、知らせに電話したの?」
『まぁねィ』
「総悟がその位で電話するほどロマンチストだとは知らなかった」
『通話代』
「は?」
『通話代、無駄だって言わないんですねィ』
「む、無駄に決まってんでしょ!」
いけない、不意を着かれた。あまりにも総悟からの電話が久々だったもんだから、嬉しくて嬉しくていつもの悪態を吐くのをおもわず忘れてしまっていた。慌てて否定した所でもう遅い。電話越しに笑う声が聞こえる。
「なに笑ってんのよ!」
「アンタがあまりにも焦るからねィ、つい面白くて」
「そんなの知らな……−−−−」
聞こえた声はとても近かった。
それはもうすぐ耳の側で囁かれるくらいに。体の神経が麻痺したように痺れて動かなくなった。総悟の言葉があたしの体を支配していく。
「固まってますぜィ」
「う、るさい」
「言葉がカタコトでさァ」
「うるさい、ってば、」
「顔、真っ赤ですぜィ」
頬に触れた感触が更に熱を上昇させていく。総悟の片手があたしの頬に触れてスッ、と撫でる。そんな事、今まで生きてきた短い人生の中で一回もなかったから、いつもの悪態なんて吐けるわけもなく、声すらも発せなくなった。
「いつもの悪口はどうしたんですかィ?」
「…う…るさ…」
「じゃあ、笑ってみろィ」
「え、」
「最近、笑いが渇いてましたからねィ」
「そ、んなこと…」
「いつも見てたんでさァ」
「………え、」
「分からない訳がないだろィ?」
星の輝く夜に君と二人で言葉を紡ぐ
ImageSong→RADWIMPS/トレモロ