銀魂


□崩壊
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好きなやつ程、大切にしたくなるのが人間の、命を持つすべての生き物の性ではないのかと俺は思う。それが好きから大好きへ、そして愛へと変化を遂げると、その想いも比例して大きくなっていくのではないだろうか。現に俺が今ある状態がそうだ。付き合う前まではただ、普通に話せていて、冗談半分で小突いたり出来たものだ。だが、付き合い始めてからというもの、初めて握った手があまりにも小さかったり、抱きしめた時の体が思っていたよりもずっと小さくて細かったり。それが分かってからというもの、付き合う前まで出来ていた当たり前のことが出来なくなっていた。情けねぇ。剣道部、鬼の副主将の名が廃る。いや、廃るのは俺の魂だ。クリスマスだというのに、こうやって学校の剣道場で一人竹刀を振っているとは、世間の女たちに激しい反感を買うのではないかと思う。世間じゃ、恋人たちが寄り添って美味しいものでも頬張っているのだろう。なのになんで俺ときたら、竹刀なんざ振っているのだろうか。



「…悪い」

「え?何か言った?」

「…いや、何でもねぇ」



振っていた竹刀を止めて、剣道場の入口に目をやると、こっちを一身に見つめていた彼女と目があった。両手には真っ赤の手袋をはめていた。最初に此処に行こうと言い出したのは、紛れも無くコイツだった。「トシの、剣振ってるの見たいな」という言葉を最後に、気付いたら俺は此処にいた。相手はいない。ただ、ひたすらに竹刀を降っていた。こんな物を見て一体なにが楽しいというのだろうか。二人で試合をするというなら、別だが生憎コイツは剣道には全くと言っていうほどゆかりはない。ましてや、マネージャーという位置にもいなかった。



「なァ、」

「何?」

「こんなんでイイのか」

「こんなん…って?」

「いや、だからよ」



クリスマスなのに、こんなもん見て楽しいか?と尋ねると、うん、と眩しい程の笑顔が返ってきた。くらり、目眩がする。



「トシさ、知らなかったっけ」

「あ?」

「私が最初にトシを好きになったきっかけ」

「…知らねぇ」

「此処だったんだよ」



立ち上がりタオルを持って、はい、と差し出してきた。コイツと付き合い始めたのは、剣道の引退試合があってから、数ヶ月経ってからだった。ふわり、貰ったタオルから優しいコイツの香りがした。思わず笑顔が零れる。柄にもなく、頬が熱くほてるのを感じた。初恋、ではなかったが、まるでその時のように初々しい空気に包まれていた。



「ここでね、トシの引退試合見て一目惚れしたんだよ」

「初耳だな…」

「それまで竹刀を振ってるトシを見たことなくてさ。引退試合で初めてその姿見て、」



好きになった、と頬を淡く赤に染めながら恥ずかしげに呟いたコイツが愛しくて、無性に抱きしめたくなった。ぎゅ、と素直に強く強く抱きしめるとそれに答えるように背中に手を回してきた。



「それが竹刀を振ってるトシの最初で最後の姿でさ、なんだか急に今日見たくなって…クリスマスなんだから、我が儘の一つでも許されるかなぁってさ」

「…そんなモン、いつでも見せてやるっつーの」

「へへ、ありがと」



へらっ、と笑った顔を見て理性が、ストッパーが外れそうになった。大切なんだ、大切だから手が出せない。高校三年にもなって、キス一つもろくに出来ないとは情けないと思う。総悟に何度ヘタレ、と言われたかは分からない。そんなこと言われなくても分かっている。でも、キスをしたら最後。それから、ストッパーの役目なんて意味がなくなって、理性なんざ吹っ飛ぶんじゃないのかと思う。それが堪らなく恐ろしいのだ。そのせいで相手を傷つけて、壊してしまうんじゃないのかと。



「トシ…?」

「っ、悪ィ」

「ねぇ、トシ」

「なんだ?」

「私さ、魅力な…いのかな」



眉をハの字にして、うっすらと涙を浮かべて言った。嗚呼、止めてくれ。



「っ、」

「ごめ、こんな事言いたいんじゃなく、っ」



かちり、ストッパーが外れた。気付いたら右手は頭に、左手は腰に添えられて、唇は相手の唇に吸い込まれるように触れた。ダメだ、と頭の中で警報がなっているのが自分でも分かった。赤く世界が染まっているようだ。けれど、止められなかった。触れたかった、と思うたびに理性が、警報が、赤い世界が、消えていった。息苦しそうに俺の胸をトンと叩いた。それを合図に我にかえって慌てて唇を離すと、彼女は必死で酸素を体に取り込んでいるようだった。



「ト、シ」

「わ、悪ィ…!」

「あのね、聞いて」

「…っ、」












(もう止められない。蝕む。骨の髄まで愛が流れゆく)




20090114 加筆
20081225 更新(くりすます)

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