銀魂


□距離
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校庭では野球部やらサッカー部やらの声が、静まりかえった放課後の校内に響いていた。淡く橙色に染められているであろう教室のドアに手をかけて、いつもより少しだけ乱暴に開くと、その先にいたのは予想通り橙色に染まった教室と、小さな彼女の姿だった。ぷらんぷらん。机の上で足を揺らしていた彼女の足がぴたりと止まった。ドアの音に気付いたのか、校庭に向けていた頭を少しだけこちらに振り向かせて彼女は「帰ったかと思ってた」と小さく呟いた。銀八の説教喰らってたんだよ、と素っ気なく返すと、窓側に座っている彼女の隣に静かに立った。少し驚いた様子の彼女だったが、何も言うことはなくまた校庭に視線を戻した。烏が鳴いているような気がした。ぷらんぷらん。足が揺れている。



「下校時間過ぎ、」

「ごめん、後少しだけ」



幼き頃から一緒にいた俺も、今の酷く落ち着いていて、女々しい彼女の声色に、息が止まった。それは、まるでコワレモノのような声だった。ゆっくりと彼女の顔を見ると目線は何かを焼き付けるかのようにじっ、と校庭を見つめていた。夕日に染められた瞳は酷く優しく弱々しく見えた。ぐるぐるぐるぐる。胸の中で渦巻く嫌な感情が体を支配した。無意識に掌に食い込むほど握った俺の拳に気がついたのか、彼女は微笑んだ。



「ごめん、やっぱりダメだった」

「………」

「彼女、いるんだって」



微笑んだままの彼女は、いつもの声よりも数段、明るく言った。その声色に胸が酷く締め付けられるような感覚が体を支配した。息が止まって彼女の顔を見れなくなった。ぷらんぷらん。彼女の揺り動かす足をじっ、と見ることしか出来なかった。刹那、足が止まった。



「土方さ、応援してくれたのにね」

「………」

「ごめん、やっぱあたしには無理だった」

「………」

「分かっていたこと…なんだけどね」



また彼女は小さく笑った、そんな気がした。俺は情けなく首をもたげて、頭が更に深く沈めた。彼女の言った言葉が重くのしかかる。応援?嘘だ。応援なんて、俺は。俺は、ただお前が。トンと先刻揺り動かしていた足を床につけて窓に歩み寄った彼女は、校庭で部活をしている彼女の想い人を見つめていたようだった。細く白い手が透明の窓に触れた。そうして俺と彼女との間にほんの少しの距離が出来て、よくやく顔を上げることが出来た。情けねぇったら、ありゃしねぇ。その先には小さく肩を揺らす彼女がいた。顔は校庭を見つめたままだった。



「好き、って辛いね」

「………」

「なんで好きになったんだろ」

「………」

「好きにならなきゃ、よかったのに、」



壁に向かって俺に泣き顔を見せようとしないまま彼女は泣いた。鳴咽を交えて、鼻をすすって、泣くことを抑えるように小さく泣いた。ポロポロと零れているであろう透明の涙は、俺には見えなかった。見ることが出来なかった。俺もお前を好きにならなければよかったと思った。






20090304 更新


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